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負けず嫌いでちょうどいい

 ぞろぞろと連れ立って訓練場に移動すると、そこでは一組の男女が向かい合っていた。女性としても平均身長に届かないコリンと、巌のような肉体を持った大男だ。

 男の額からは鬼を連想させるような、一本の角が飛び出している。よく考えればそれが獣人の特徴であることが分かるのだが、場の緊迫感も合わさって、恐ろしい生き物のようにも見えた。


 ハルカのそばを歩いていたルプスが「ゴードンさんだ」と呟く。視線は大男に向いている。

 落ち着いて見てみれば、拠点内で何度か見かけたことのある男だ。普段は穏やかな表情で、身体を小さく丸めるようにして歩いていたような気がする。そのせいで咄嗟に同一人物だとは思えなかったのだ。


 右腕を肩の上にあげてかまえ、左腕はコリンをけん制するように前に突き出されている。硬く握られた拳は、コリンの顔ほどの大きさがあり、振るわなくてもその威力は想像がつくほどだ。


 コリンは小さい体をしているが、立ち合いの時はあまり自分からは動き出さない。じっくりと待って、相手の起こりを見てから対応をする。拳はやんわりと自然体に、広げるでも握るでもなく体の前に構えられる。

 

 訓練場に人が集まってきたことにギャラリーは気づいているが、向かい合っている二人だけは気づかない。

 足先の力でにじり寄るようにして距離を詰めたゴードンの左腕が、間もなくコリンに触れそうな距離まで近づいた瞬間、右腕がぶれた。体のひねりと共に繰り出された右の拳は内側に捩じりこまれて、コリンの顔へ吸い込まれていく。

 

 そこではじめてコリンが動きを見せた。迫る拳の下を、右手で軽く突き上げ、自らも体をかがめる。頭上をかすって通り過ぎた拳に、反撃が始まるのかと思いきや、ゴードンの膝が突き上げられる。

 それは、かがみこんだコリンの顎を捉えたかのように見えた。

 ハルカは止めていた足を動かし、立ち合いに近づく。何かあればすぐにでも割って入るつもりだ。訓練とは分かっていても、危険がないわけではない。


 しかし、コリンは身体を宙に浮かし、ゴードンの足に沿ってくるりと横回転する。そして空中にいるまま、その足を両腕で抱きかかえる。

 着地と同時にコリンの身体が捻られる。そこにどれほどの力が込められていたのか、傍からは分からない。しかし、ゴードンの巨体がコリンの動きに巻き込まれるように傾いた。

 ゴードンは途中から力に逆らわずに、身体を宙に浮かせて倒れ込む。そうしながら、今度はコリンの後頭部に向けて、右のひじが振り下ろされていた。


 どっ、と二人が地面に倒れる。

 すぐにでも立ち上がって、訓練が再開されるかと思えたが、二人ともがその場でごろりと転がって、仰向けになった。


 先に立ち上がったのはコリンで、その顔は悔し気に歪められている。最後の肘うちがコリンに当たる前に寸止めされたのを、ハルカは遠目で確認していた。


 右足をかばうようにして立ち上がったゴードンが、背中を丸めて目じりを下げながら語り掛ける。


「いやぁ、負けたなぁ。大したもんだなぁ、コリンちゃん。足がおかしくなっちまったよ。こりゃあ、大将に治してもらわなきゃいけないなぁ」


 コリンは腰に手を当てて、それをキッと見上げる。


「今のは私の負けでしょ! 最後の攻撃が当たってたら私死んでるもん! また負け。あー、もう全然勝てない!」

「あぁ、いやぁ、しかしまぁ、そんなに若いのに大したもんだよなぁ」


 ゴードンは曖昧に笑って頬をかく。コリンに華を持たせてやろうとして上手くいかず、気まずいのだろう。ハルカはその困ったようなしぐさに、どこか親近感を覚えた。

 しかしこれで、コリンが泥だらけになって、何度も治癒魔法を求めにくる理由が分かった。

 きっと毎回惜しいところでこうして負けて、再戦を挑んでいるんだろう。あの悔しがりようを見る限り、一度や二度ではないはずだ。人のいいゴードンは、毎回それに付き合ってくれているのかもしれない。


 頬を膨らますコリンだったが、顔を上げてようやく周りにいる人が増えていることに気付いた。その中にハルカたちを見つけると、手を振りながら走ってくる。


「ハルカー、負けた負けた、また負けたー!」


 泥だらけのまま飛び込んできたコリンを受け止める。体に異常はなさそうで安心だ。


「でも惜しかったんじゃないですか?」

「んんー、どうかな。最初よりはいい線いってると思うんだけど、まだ手加減されてる気もする」

「してねぇよぉ、本気でやってるって」


 足を引きずりながら近づいてきたゴードンはそう言って、そのままノクトの方へ歩いていく。


「大将、悪いんだが、足を治してもらえませんかね。多分膝関節辺りがおかしくなってんだ」

「はいはい、見せてくださいね」


 その場に座り込んだゴードンがズボンをめくろうとするが、腫れてしまっているのか引っ掛かってあがらない。ノクトは動きを制して、ズボンの上から足を撫でる。そうして怪我の具合を確認してから、膝のあたりに両手をかざして治癒魔法を使った。

 手の当てられた辺りがぼんやりとひかり、見る見るうちに、腫れがひいていく。

 

「これでいいでしょう」


 ノクトの言葉を聞いて、ゴードンが「よいこらせっと」と掛け声をかけて、ゆっくり立ち上がった。その場で足踏みをしてから、何度か飛び跳ね、怪我の具合を確認している。

 すっかり良くなったらしいことが分かったゴードンは、頭を深く下げてノクトに礼を言った。


「面目ねぇです、大将。嬢ちゃんに負けちまって」

「コリンさんは自分が勝ったとは思っていないようですよ」

「いやぁ、訓練で相手を殺すような技を出さなきゃあ勝てねぇ時点で、儂の負けですわ。流石大将が連れてきた冒険者です。若いのに筋がよくて参ってたところです。……それにしても随分大所帯で来ましたね。何か始まるんですかい?」


 ひときわ背の高いゴードンは、場をぐるりと見渡して、にっこりと笑う。


「今日の新人さんたちですかね。あててみやしょう。こりゃあ訓練の見学でしょう、どうです、大将?」

「ぶー、はずれですねぇ。今日はハルカさんたち外の冒険者がいるので、新しい子たちに訓練をさせてあげようと思っています。せっかく僕とハルカさん、二人も治癒魔法使いがいますからねぇ。どんな大けがをしても大丈夫ですよぉ」


 頬を引きつらせたのは、『月の道標』のメンバーとリオルだった。言葉を聞いてもキョトンとして危機感がないのは、今日加入したばかりの新人たちだ。


「いやぁ、大将、あのぉ。……お言葉ですが、いきなりその、訓練はぁ、どうなんですかね?」

「いえいえ、随分加入を待たせてしまいましたから。強くなるのに協力してあげないと、かわいそうでしょう? 新人だからって、差別したらかわいそうですよ」

「いえ、そうでなくてですね。大将の言う訓練って、そのぉ……」


 ゴードンは何かを言いつのろうとしたが、にこにこと笑うノクトの表情を見て、途中で言葉を区切った。そうして今度はハルカたちの方を見て、頭をかきながら言う。


「あのぉな。ちょっと手加減してやってくれなぁ? わかるよなぁ?」


 ハルカは当然相手が死んでしまうようなことをする気はなかったし、そもそも訓練で無茶をするつもりなんかない。何をそんなに心配しているのだろうかと、首をかしげるばかりだ。


「あ、ハルカさんはぁ、失敗すると大変なので、なしで」

「えっ」


 ハルカがキョトンとした顔をする中、仲間たちだけがうんうんと頷くのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そりゃそうよね~ ハルカはまだまだ手加減の練習中だし、いつも訓練してるメンバーですらしょっちゅう骨折させてるのだし、全くの他人なら下手したら即死もあり得るもんね…
[一言] 軽いコリンが素手で戦う以上そりゃ関節技かゴリゴリの急所狙いしかないよね 優秀な治癒術士が居ないと実践想定のトレーニングもままならないのか >新人だからって、差別したらかわいそうですよ まあ…
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