常識のない奴ら
「別にあんたに相談するようなことじゃねぇんだ」
「受かったのに嬉しくないんですか?」
「そういうわけじゃねぇよ。……でもな」
悩みを解決できるつもりで声をかけたのでもないから、ハルカも言葉は思い付かない。ただ彼らしくないなと思うくらいのものだ。
「うじうじしてないで、動くですよ」
厳しい言葉を投げたのはモンタナだった。リオルはじろっと見下ろすが、じっと見つめ返されて、情けない顔になった。
「……わかったよ」
そう答えたリオルは、尻尾を垂らしたまま、ノクトの方へと歩き出した。何が起こるのか気になったので、ハルカもその後に続く。
リオルが歩く先では人が割れる。加入が決まった面々はリオルが近づいてくるのを見て、あるいはその後ろにハルカがいるのを見て、さっと道を空けた。
見事な腫れ物具合だ。
しかしノクトに近づいたところで、周りに集まっていたうちの一人が、リオルに気づいて立ち塞がった。
「……なんだよ、何しに来たんだよ」
きつい目つきと口調で、糾弾してくる獣人に、リオルは静かに告げる。
「どけよ」
その獣人は、リオルの威嚇にも怯えず、灰色の尻尾をぴんと立てて、しっかりと睨み返してくる。
「お前こそ、こっちにくるな。ずっとノクト様のこと批判してただろ! 今更何しに来たんだよ!」
「それは、ずっといなかったのが悪いだろうが! そんなことより俺も用事があるんだよ! どけって言ったらどけ!」
「どかない! お前がどっかいけ!」
まるで子供の喧嘩だった。年齢よりもさらに幼く見えるやり取りだ。それでも睨み合うどちらもが、体つきだけ見れば立派な戦士のであるから、迫力は満点である。
数人の、おそらく戦うことがそれほど得意でないものたちが、刺激しないようにゆっくりと距離をとっていくのが見えた。
「あなたも! そっちの味方なんですか!?」
黙って周りの様子を観察していたハルカだったが、誰も返事をしないので不思議に思い正面を向いた。
すると、リオルに立ち塞がっていた獣人がじっと自分のことを見てるではないか。
背はハルカよりも高いが、顔立ちがやや幼いところを見ると、リオルと変わらないくらいの少年なのだろう。
そっちとかどっちとか言われても、どちらでもない。ただ後ろについてきただけの野次馬だから、ハルカは困ってしまう。
「こいつは関係ねぇだろ!」
「あ、やっぱり仲間だな!」
釈明しようとしたところで、リオルが庇ってくれた。おかげですっかり仲間扱いである。子連れで可愛い竜まで背負っているのに、そんなに悪い奴に見えるのだろうかと、ハルカは少し落ち込んだ。
そんなことはお構いなしに、口喧嘩はヒートアップしていく。だんだん言うこともなくなってきたのか、ついには馬鹿とか阿呆とか言い始めた。
いっそそこまでやったら、喧嘩すればスッキリするんじゃないかと思うくらいだ。少なくともアルベルトだったらとっくに手が出ている。
リオルもかなり喧嘩っ早いと思っていたので、いつまで経っても取っ組み合いが始まらないのが不思議だった。
「お、なんだ、喧嘩か? よし、やれやれ! おい、リオル! やるなら負けんじゃねぇぞ!」
突然後ろから、仲間の中では一番気の短いアルベルトの声がした。声が浮かれていて楽しそうだ。不良の先輩みたいな喝の入れ方は、控えめに言ってもお上品ではない。
突然話に入ってきたアルベルトに、相手の獣人は
困惑した表情を浮かべる。
「む、無闇に暴力に頼るのは良くないです」
「仲間同士で、本気の喧嘩は禁止なんだよ!」
「へー、そうなのか。めんどくせぇルールがあるんだな。あ、ハルカ、治癒魔法かけてくれ。コリンと訓練してたら、肩外された。周り折れてるかも」
言われてみれば、確かに左腕を右腕で支えている。重力に任せていると痛いのだろう。アルベルトはといえば、ケンカが始まらないことを察したのか、つまらなさそうな表情をしていた。自分の脱臼骨折より、他人の喧嘩の方が気になるのは、変人の領域に入ってきているが、仲間たちはそこには気づかない。
「肩はめましたか?」
「いや、まだ。ハルカがやってくれよ、ぐっと。外れた肩はめる力加減だぞ、余計に折ったりするなよ?」
「えぇ……、大丈夫です、多分。失敗したらすみません」
「失敗すんなって」
「ユーリ、いったん降りてくださいね」
地面にユーリを下ろすと、ナギも背中から足をつたって地面に降り立つ。ハルカが治療をはじめると分かっていたユーリは、邪魔にならないようにすぐモンタナのそばに歩み寄って、それを見守った。
ハルカはアルベルトの肩と腕にそっと両手をあてて、勢いをつけて一気に押し込む。アルベルトの口から、一瞬声が漏れたが、それだけだった。激痛が走っているはずだが、痛がるのはカッコ悪いと思っているらしく、アルベルトはぎりっと歯を食いしばることが多い。
いつやっても緊張はするが、外れた関節をはめるのはだいぶ上手になってきた。
これはハルカが治癒魔法を使うのであれば、本来必要のない工程である。しかし、いつか誰かに治癒魔法を教えることになったら、必要になってくる。ノクトにそうアドバイスされたので、アルベルトたちもこういった怪我をした時は、痛みを我慢して協力してくれているのだ。
最後に治癒魔法を使うと、アルベルトはすぐにぐるぐると肩を回して笑った。
「おし、訓練再開できる。ありがとな」
ドン引きした新加入者たちを置いて、アルベルトは颯爽と立ち去った。
ハルカもいい仕事ができたと、流れてもいない額の汗を拭い。それから場の白けた雰囲気に気づき、目を泳がせた。