そんな奴ら
次に入ってきた若者は、頭に長い耳のついた獣人だった。茶色く長く、天に向けて伸びるそれはきっと兎のものだ。とてもかわいく見えるはずのその耳だったが、眉毛がそられており、目力が強いので、全体を見ると全然かわいくない。ひん曲がった口は、なんとなくこの男の性格を示しているように思えた。
ややがに股で歩いて入ってきて、顎をくいとあげて、ソファに座る三人をしばらく見下ろしてから、乱暴に椅子に座る。ハルカの方を見たときに、一度舌なめずりしたのが、印象に残った。
ハルカとしては、そもそもチンピラという人種が苦手だ。あまり縁のない暮らしをしてきた。しかしこの世界に来てからは、意外とそれっぽい人たちとの仲も良好ではある。
オランズでトット、ドットハルト公国ではオクタイ、ついでにリオルもややそっちよりだ。あまり偏見を持ってはいけないなと思いながら、表情を変えずにその男の方をじっと見つめた。
「はい、ではジャックさん、少しお話をしましょう」
座るのを待ってから、ノクトが口を開く。ジャックはそれに対して手のひらを前に突き出して、口を挟んだ。
「待った」
ジャックは背もたれに寄りかかって、ずるりと尻を座面からずらし、姿勢を崩す。そうしてまた顎を上げて、ノクトのことを睨みつける。そうしてたっぷりと間をあけてから、かかとを床に乱暴に叩きつけて、しゃべりだす。
「まずよぅ、俺っちはシャンクの街の顔役なんだ。何年も待たせた上に、面接するったぁ、どういう了見だ。三つ指ついて、頭下げて迎え入れるのが、筋ってもんじゃねぇのか?」
これは中々癖のある相手だと思いつつ、ハルカは表情を変えずにジャックを見つめ続ける。不思議とやはり、怖くはない。戦力分析が明確にできるようになったわけではないが、締まり切っていない体つきをしているのは分かった。魔法使いだとしても、この距離からであれば、詠唱されているうちに接近することができる。問題なく勝てるだろうというのが、ハルカの感想だった。
「ったく、ここの親玉はとんでもねぇ奴だって聞いたから来たのに、お前みたいな気の抜けた奴だとは拍子抜けだぜ。へらへらしやがって。あげくよぼよぼの爺と、若い女連れて、いいご身分だな」
「はい、では、ジャックさんが加入する理由を教えていただけますか?」
相手の言葉に一つも返事をせずに、にこにこと笑ったままノクトが尋ねる。怯まないノクトに気分を害されたのか、ジャックは椅子のひじ置きを拳で殴った。
「おうおうおう、なめてんのかよ、このジャック様を」
「んぅ、今は僕が質問をする立場なんですよねぇ。別にどんな態度をとっていただいても構わないんですが、質問に答えていただかないと、判断もできないんですよぉ」
ノクトの間延びした口調に、ジャックは椅子を倒して立ち上がった。黙っていろと言われていたので、ハルカは動かずにノクトの様子を見る。ノクトは深くソファに腰を沈めたまま、右手の人差し指で、トントンと自分の太ももを叩いた。
部屋の中に突然ピリッとした空気が流れて、ハルカは身体を緊張させた。
ジャックはそれに気がつかないのか、肩を怒らせて近づいてこようとする。
「ジャックさん。僕は、あなたが、ここに加入する理由を、聞いていますよ?」
穏やかな話し方には聞こえるが、いつもと違い少しトーンが下がっているのをハルカは感じた。
相手に言い聞かせるように細かに切られた言葉が、ジャックの肌に鳥肌を立てた。イラつきのままに暴れてやろうかと思っていた心が、急速に冷え込んで、その場に立ち尽くす。
ノクトが指を動かすと、勝手に椅子が動いて元の位置まで戻った。
おそらく透明な障壁を使って動かしているのだろうけれど、ジャックからしたらその動きは不気味に映ったはずだ。理解しがたい何かの力が、自分のすぐそばで働いているというのは、気持ちが悪い。
「俺っちには部下もいる。ここの名前を使えばもっと大きなこともして、利益を上げてやる。だから俺をこの宿に入れろ」
ジャックは一瞬だけ元の位置に戻った椅子に目を向けて、それから床を踏みつけるような歩き方で、ドアへ向かう。そうしてドアノブを掴もうとして、見えない結界に阻まれた。
「おい、なんだこれ!?」
「つまり、加入する理由は宿を使って、お金儲けをする、ですね?」
「いいから、出しやがれ。ざけんじゃねぇぞ、あんまり舐めた真似するとただじゃ済まねぇぞ!」
ドアの前に張られた障壁を蹴りながら文句を言うジャックに、ノクトはまた尋ねる。
「そうだ、金だ! あと権力をもっとこの街に集めてやる。わかったらさっさとこれをなんとかしやがれ!」
「はい、ではお帰りくださいねぇ」
障壁を蹴り続けていた足が、ドアに当たり大きな音を立てる。分厚く丈夫なドアだったから、壊れたりはしていないようだったが、外に待機している人は驚いただろう。
ジャックは慌ててドアノブを捻って外へ飛び出し、開けっぱなしにしたまま廊下の奥へと消えていった。
外で待機していた宿のメンバーが、顔をのぞかせる。
「次の方を入れても?」
「ええ、どうぞ」
その女性は、中であったことを何も聞かずに、自分の仕事のことだけを聞いて、次の人に声をかける。流石にノクトの仲間だけあって肝が据わっているようだった。
次の面接者が入ってきたとき、ハルカはため息をつきそうになるのを辛うじて堪えた。
クマさんの可愛らしいお耳の真ん中には、とさかのような見事なモヒカンが鎮座している。昔世紀末の漫画で見たことのある、今にもヒャッハーと叫び出しそうな見た目をした人物だ。
彼は当然のようにハルカたちにガンを飛ばしながら、乱暴な足取りで入室し、わざと音を立てて椅子に腰を下ろすのだった。
まだまだ面接は終わらない。