手段
面接が始まってしばらくは、ハルカが思っていたよりも人間の割合が多かった。助けられて移住してきた人の子供や、わざわざ遠くから評判を聞きつけてやってきた者たちが我先にと集まったからだろう。多いとはいっても、獣人が二に対して、一人くらいの割合ではあったが。
それぞれ目を輝かしていたり、明確に将来を見据えており、ハルカから見ても、悪くない人材のように思えた。なぜダグラスが、正式採用をノクトに任せようとしたのかがわからないくらいだ。
ノクトからの質問も終始穏やかだ。どうして希望したのか、どのように働いていきたいのか、そんな当たり前の質問しかしない。これだけ大きな組織になると、事務手続きに特化したものも必要になるようで、中にはそういった志望で面接に来ている者もいた。
ハルカはノクトに言われた通り、姿勢正しく、面接にきた者たちをじっと見つめていた。時折、何もしていないのに、怯えたような視線を向けられるのが少し辛かった。
序盤の十数人の面接を終えた後、堂々とした態度で入室してきたのは、リオルだった。ハルカの姿を見つけると、目を大きく見開いて、何かを言おうとする。しかし面接前であることを思い出したのか、口を真一文字に結びなおし、ノクトを睨みつけるように正面を向いた。
「さて、リオル君が加入を希望する理由を教えていただけますか?」
ノクトはいつもとは違う、穏やかだが間延びしない口調で、問いかける。リオルは少し戸惑ったように、椅子の上でもぞもぞと動いてから答える。
「強くなりたいからに決まってんだろ」
「では、加入して強くなって、どんな活動をしたいんですか?」
「……それは、前線で戦うんだ」
「何のためにですか?」
リオルは視線を彷徨わせて、答えをためらう。一瞬ハルカの方を見ることもあったが、ハルカは言われた通りにじっと黙り込んでそれを見つめ返すばかりだ。助け船が来ないことを察したリオルは、深呼吸してからぎゅっと眉の間に皴を作った。
「……俺の爺ちゃんは、王国で無理やり働かされてたのを、あんたに助けてもらったって聞いた。俺は、そんな話をいっぱい聞いて、ここで働くって決めたんだ。俺も、誰かにそうやってすげぇやつだって、言ってもらいたくって頑張ったんだ。でもここに来たら、あんた、いねぇし。全然仕事しないで、遊びまわって帰ってこないっていうし。実際見たら、へらへらしてるばっかりじゃんか。俺ここに加入していいのかよ、わかんねぇよ。聞いた話と違うじゃねぇか」
ハルカはちらりとノクトの方に視線を向けた。
ハルカは知っている。ノクトがただ遊んでいただけではないことも、各地で人を助けていたことも、情にあついこともだ。でももしちゃんと話をしたり、近くで観察し続けていなければ、ただのトラブルメーカーにしか思えないかもしれない。
自分と同じようにノクトに視線を向けているダグラスが見える。その目はノクトを咎めるように細められていた。
ノクトはそれに気づいていながらも少しも表情を崩さない。
「人は、どこかに所属することで、何かになるわけではありません。人は、誰かと一緒にいることで、何かになるわけではありません。帰属や付き合いは、あなたが何かをなすための道具でしかないんです。もしリオル君が目指す所が、僕たちの目指す所と同じ方向にあるのなら、あなたは僕を利用するべきです。……結果は追って知らせます。それを見てどうするのかは、あなたが考えて決めるといいでしょう」
リオルはそれきり黙って、じっと床を見つめてしまった。ハルカの知っている面接であれば、そんなことをしていては絶対に受からないのだが、ここではきっとそうじゃない。ノクトが優しい目でリオルのことを見つめているだろうことを、ハルカは顔を見なくてもわかった。
しばらく沈黙した室内だったが、やがてリオルは立ち上がる。その場で首だけペコっと下げて、結局一言も発せずに扉を開けて出ていってしまった。
「怒るかと思ったんじゃが」
「ダグラス、あなた僕と何年一緒にいるんですか?」
「五年も声を聞かんかったら、知らんと一緒じゃ」
「あなたも根に持つタイプですねぇ」
二人が子供のような応酬をしているのが面白くて、ハルカは微笑む。そこで初めて頬が強張っている気がして、手で軽く顔をマッサージした。まじめな顔をずっとしていたせいだろうか。
昔はそうでもなかったはずなのだが、最近はよく表情が動いていたので、固まらせる方が難しくなっているのかもしれない。
「それにしても師匠、リオル君のこと結構気に入っていたんですね」
「いてもたってもいられず、国外まで僕を探しに来た子ですよ? 年の割に実力もあります。自分で課題を見つけて、行動できるというのは冒険者の強みです。そういった面だけを見るのなら、ハルカさんよりあの子の方が冒険者らしいですね」
「確かに、私は受け身型ですからね。変わりたいとは思っているんですが」
「……よく頑張っているとは思いますけれどね。少なくとも僕と初めて会った頃から考えれば、見違えました」
ハルカは頬を揉んでいた手を止めて、先ほどのリオルのように床に目を落とす。
「……あー、あの、ありがとうございます、師匠」
「いいえ、事実ですから」
ダグラスは、表情を緩めて二人のやり取りを聞いていた。
ダグラスからすれば、ノクトというのは本当に自分勝手で、遠慮のない人物なのだ。ここ十数年は確かに穏やかだったが、そうでなかった時期の印象が強すぎる。
そんなノクトが、本当に穏やかな表情で、師匠らしいことをしているのが、意外であり、微笑ましかった。
室内にはそんな落ち着いた空気が流れていたが、それはすぐに変わることになる。
面接の本番は、これからであった。