確保
「じゃあ、俺はこの辺で抜ける。用事あるしな」
そう言ってリオルが十字路を曲がって消えていく。やけにあっさりとした別れだった。
実家にでもよるのだろうと、ハルカも何を尋ねるでもなくそれを見送る。どうせこの街にいれば、そのうちまた会うことになるだろうと思ったのだ。
仲間たちも特に引き留めるでもなく、リオルが離脱していくのを見送った。
それからさらに真っすぐ歩き続けると、ようやく『月の道標』の拠点が近づいてきた。
門が見える所まで来ると、いかつい獣人たちが、左右に並び花道を作って待っているのが見えた。そのほとんどが顔や体に傷がある、歴戦の勇士のような風貌をした者たちだ。
モンタナが少し手前で止まって、視線だけで左右を窺った。
「このまま進むと囲まれるですけど、大丈夫です?」
「まぁ、大丈夫ですよぉ、仮にも僕は一番偉い人なので」
珍しく自らの足で歩いているノクトが先行する。
しかしハルカたちは心の中で、半分その言葉を疑っていた。一番偉い人が来たのに、挨拶もせずに本部に駆け込まれるのはおかしい。この出迎えだって、伏兵まで配置されていて、穏やかなものには思えなかった。
わかっていながらも、警戒しつつ包囲網の中に入っていくと、対面から小さな生き物が歩いてくる。髪や髭が長くのばされ、まるでモップのようになっており、表情が窺えない。ハルカは日本にいたときあんな犬を見たなぁ、と少し懐かしく思っていた。
よぼよぼと歩いてきたかに思えたその生き物は、突然顔を上げて、しわがれた大きな声で叫んだ。
「確保じゃあああ!」
「あぁ、元気そうですねぇ、ダグラス」
片手をあげてにこやかに対応するノクトだったが、あっという間にぐるりと周りを囲まれてしまった。念のために武器を構えたハルカたちに、ダグラスと呼ばれた獣人が歩み寄る。
「すまんのう、お客人。危害は加えんから、一度捕まえさせてはくれんかの。なぁに、縛り付けて何日か缶詰で仕事させるだけじゃ。大将、よもや逃げ出したりせんよな?」
「えぇー……、どうしましょうかねぇ……。皆思ったより元気そうですし、あと五年くらいはどっか行っててもいいんじゃないですかねぇ……」
悩むふりをしながら空に飛び上がろうとしたノクトの腕を、ハルカはがっしりと捕まえる。
「……ハルカさん、師匠はもう少し旅に出たいと思っているのですが」
「師匠、ちゃんとお仕事しましょう。できることはお手伝いしますので」
「えぇ……、でもきっと大変ですよぉ? 最後まで付き合ってくれますか?」
「付き合いますから、ちゃんとやりましょう」
いかつい戦士たちの顔は緊張しており、どこか鬼気迫るものを感じる。
こんな表情は見たことがあった。
社会人として勤めていた頃、上司からの連絡がこなくて、無意味に残業しているときの同僚たちの顔にそっくりだったのだ。ちなみに上司はお得意様と一緒に飲み歩いていたので、そのまま連絡は来なかったのだが。
「えぇ、どうしましょうかねぇ」
「コリンも手伝ってくれますよね?」
「ん、別にいいよー」
「仕方ないですねぇ。道連れもできたし、たまには仕事をしましょうかぁ」
そうして逃げ出すのをやめたノクトに、わっと獣人たちが群がり、あっという間にロープでぐるぐるに巻かれて、担ぎ上げられてしまった。
「あれぇ、仕事するって言ってるんですけどねぇ? ダグラス?」
「あと三月で帰る、やっぱりもう二月かかる、といって儂は二年も待たされたんじゃ。いくら大将の言葉といえど信用なるものか。大将の引き延ばしのせいで、面倒な問題も発生しとるんじゃぞ。次出かけるまでには、ぜぇんぶ丸っと解決してもらうんじゃ!」
「ハルカさぁん、師匠がさらわれそうなので助けませんか? この扱いは不本意です」
「一応安全確認のため付き添いますね」
ノクトは少しぱたぱたと足を動かしていたが、すぐに脱力してなされるがままになった。どうにかしようと思えば、やりようはいくらでもあるはずだ。黙って運ばれているということは、不本意ながらもまじめに仕事をする気があるということなのだろう。
横に付き添って歩いていると、仲間たちもついてくる。ユーリはハルカに抱き上げられながらも、周りの獣人たちの尻尾や耳に夢中だ。ぴこぴこと忙しく揺れるそれらに目を奪われている。ナギは人がたくさんいるのが怖いのか、リュックにしっかりとしがみついて、ハルカの背中に隠れていた。
いつの間にか横に並んだモップの人、ダグラスがハルカたちに話しかけてくる。
「うちの大将のことを師匠とよんどった。大将もおたくのことを認めてる風じゃったが……」
もさもさの前髪の隙間から、鋭い眼光がのぞく。ハルカはそれをじっと見つめ返した。目をそらしたい気持ちはあったのだが、やましいこともないのに逃げるのは違うと思ったのだ。
ハルカにはその見つめ合いが、ずいぶん長く続いたかのように思えたが、実際はほんの一瞬だった。ダグラスがクシャっと表情を崩し破顔すると、又その目が前髪に隠れて見えなくなる。
「こんな美人で若い子を弟子にするとはのぅ。大変だったじゃろぅ。うちの大将は勝手気ままで、びっくり箱のような性格じゃから」
「いいえ、得るものばかりの旅でした。私につき合わせたせいで、こちらに帰るのが遅れたという側面もあると思います。その点皆さんには申し訳ないことをしました」
ダグラスが突然「ホッ」と変な声を出す。
どこか体調でも悪くなったのではないかと、ハルカが心配して顔を覗くと、そのまま高笑いが聞こえてきた。小さな体に似合わない、よく響く大きな笑い声だ。
「ほっほっほ。こりゃあ、礼儀正しい子じゃ。本当に冒険者かのぅ?」
「いえ、本当にお世話になっているので」
「おい、ハルカ。素直にじじいにはかなり振り回されたって言いつけとけよ」
ハルカが畏まって答えると、我慢できなくなったアルベルトが横槍を入れた。
こんなことを言ってはいるが、アルベルトだってノクトのことを慕っているはずだ。ハルカにはその姿が、優しい大人に甘える子供のようにも見える。
「アルくん、聞こえてますよぉ?」
「じじいのくせに耳がいいな」
少し離れたところから、ノクトの忠告が飛んでくると、アルベルトはそっぽを向いて毒づいた。
ダグラスは笑いながら続ける。
「そうじゃな、冒険者というのはこういうもんじゃ。いずれにせよ、大将の身内なら、うちの賓客じゃ。我が家と思ってのんびりしていくといい。大将は捕まったし、かわいらしいお客人を迎えられたし、今日はいい日じゃぁ」
ダグラスはそう言うと、また独特な笑い声をあげながらハルカたちの横を歩いた。