人との繋がり
エリザヴェータとは部屋で別れを告げ、執事めいた人物に先導されて城外まで出ることになった。流石に見送りをするには立場があると、彼女は苦笑していた。
エリザヴェータは、ハルカたちに気安く振る舞ってくれた。女王としてではなく、一人の、エリザヴェータという人間として接してくれたのだろう。立派な人物であったが、同時に力を貸してあげたいと思わせるような人でもあった。
もしかしたらそれが、姉弟子妹弟子、という関係性なのかもしれない。自分のことをおじさんだと認識しているハルカからすると、その響きは認めがたかったが、決してないがしろにしてはいけない関係だと感じていた。
立場や身分によってではなく、縁によって作られた関係を、大切にしたいと思ったのだ。
湖に浮かぶ王城を振り返って、ハルカは考える。きっと彼女は、今日からまた威厳のある女王として、毎日の執務をこなしていくのだろう。息の詰まるような毎日を想像して、ハルカは首を振った。
自分にはきっと耐えられない。
そんな彼女が、ハルカのことを妹弟子と呼んで、懇意にしてくれたのだ。次に会う時までには、それにふさわしい立派な冒険者になっておくべきだろう。
こうして努力する理由が増えていくことが、ハルカにはなんだか無性に嬉しかった。
翌日の朝、ハルカたちは荷物をまとめ終えて、王都ネアクアの門まで歩いてきていた。賑やかな通りを抜け、眠たそうな兵士たちの顔が見えてくるのと同時に、妙な人だかりがみえた。
ハルカたちが横を通りかかると、その中から最近聞きなれたお嬢様言葉が聞こえてくる。
「ハルカさん、待ってくださいませ!」
エルフの青年たちが人の壁をかき分けて、その中から現れたのはエイビスだ。どうやら見送りに来てくれたらしい。
「よくこちらが見えましたね」
ハルカが感心して褒めると、エイビスはふふんと鼻を鳴らして得意げに返す。
「エルフは目がいいんですわ。森の中で獲物をしとめるために得た技術です。鷹の目、と呼びますわね」
「鷹の目、ですか。私も魔法を使うので、そんな技術があると便利なんですが……」
「あなた方は、強くなることに貪欲ですわねぇ……。エルフの国へいらっしゃることがあれば、コツくらいは教えて差し上げますわ」
「それは、是非伺わないといけませんね」
周りの人間たちは、二人の美女が穏やかに会話する様をざわめきながら見つめているが、ハルカは気にしないように努めていた。平然としているエイビスとは比べられないが、ハルカも騒がれるのにはすっかり慣れたものである。
「ここで会えてよかったですわ。実は私たちもエルフの国テネラへ帰るところでしたの。御挨拶をと思っていたら昨晩伝言があったものですから、こちらでお会いできたらいいなと」
街を出るにあたって、エイビスに失礼がないようにと伝言をしておいたのだ。旅先での友人への礼儀としては、これで十分だったが、エイビスはわざわざ時間を合わせて待っていてくれたようだった。
「ありがとうございます。朝が早いから伺うのは迷惑かと思ったのですが、こんなことならお迎えに上がればよかったですね」
「いいえ、いつの間にか旅立っている方も多いのに、わざわざご伝言いただけて嬉しかったですわ」
「では、外までご一緒に」
「ええ、もちろん」
二人が並んで歩くと、人ごみが割れて道ができる。エイビスは当然という顔をしていたが、ハルカからすると、流石に少し居心地が悪かった。見られるのはまだ良いが、他人の行動に影響を与えるのは気が引ける。
門の外に出てしばらく進むと、流石に人は減り、ようやく落ち着いて挨拶ができるようになった。
「私たちはあちらの道に。獣人の国フェフトに向かうのでしたら、ここでお別れですわね。寂しくなりますわ」
「そうですね。いつか機会を見つけてそちらの国にもお邪魔しますので」
「歓迎いたしますわ。その時は新しい冒険の話をたくさん聞かせてくださいませね?」
ハルカは、今トラブルが多いのは、ノクトが一緒にいるからだと思っている。果たしてこの護衛依頼を終えた後に、今回の様な頻度でトラブルに巻き込まれることがあるのだろうか。甚だ疑問ではあるが、わざわざエイビスをがっかりさせるような返答をする必要はない。
「……ええ、頑張ります」
多少遅れながらも、ハルカはしっかりと頷いた。
エイビスと別れてしばらく歩いていると、アルベルトが振り返って大きな声を出した。
「おい、鬱陶しいから一緒に歩け! 後ろが気になるだろ!!」
わざわざハルカたちから、十メートルほど離れた所を歩く、リオルに向けての言葉だった。遠慮しているのか、遠くからついてくるのが癖になってしまったのか、出立の時からずっとこの距離を維持している。
リオルは、少し考えた後、口をとがらせてフンと横を向いた。
「あいつぶっ飛ばす」
アルベルトが、腕まくりをして、そちらへ歩き出す。ハルカはため息をついて、その腕をつかんで止めた。
絶対に振りほどけないとわかっているアルベルトは、それ以上進まずに、ハルカを睨む。
「今のはあいつが悪いだろ」
「アルの声のかけ方も悪かったと思います」
「わかった、一発だけ殴ってやめる」
「絶対その後も喧嘩になるのでダメです。……リオルさん、旅は道連れといいますし、一緒に行きましょう。目的地は一緒ですよ」
喧嘩になる前にと思い、ハルカからも声をかけると、リオルはがりがりと頭をかいて、早足で一メートル後ろまでやってきた。
「おい、こいつなんで俺の言うことは聞かねぇんだよ」
「お前には負けてねぇし」
「ハルカ! やっぱりこいつ一発のす! 俺のこと舐めてんぞこいつ!」
「はいはい、アルは先頭を歩いてくださいね。喧嘩するかどうかは、あっちに着いてから決めましょうね」
無理やりアルベルトの背中を前に押しやって、喧嘩を止めたハルカは、その怒る肩をぽんぽんと叩いてなだめる。どうせ数日一緒に旅をしているうちに収まる怒りだ。わざわざ殴り合いをして怪我をさせる必要もないだろうと思っての行動だった。
同行者を一人増やし、ハルカたちの旅は続く。
長い長い護衛依頼も、もう終わりはすぐそこだった。
王都ネアクア編終了です。
少し長くなってしまいましたが、ここでは沢山の人と出会いました。
ここで出会った人々は、これからの冒険に、何かしら影響を与えてくるかもしれませんし、来ないかもしれません。
きりのいいところで、評価なんか頂けたら嬉しいな、と最後におねだりさせていただきます。どうかよろしくお願いいたします!