尻すぼみ
いつの間にか六人の大所帯で移動することになった。トットが勝手についてきたからだ。
「あいつがくそ野郎だってことを証明してやる」
何やら興奮して鼻息を荒くしているので、ハルカとしては大騒ぎになるのではないかと心配だった。トットはラルフさえ絡まなければ、以前より落ち着いており、冒険者としての貫禄が出始めていたが、こうなるとやっぱり駄目だった。
ラルフに確実に会うためには冒険者ギルドで待っていればいい。
この女性はレナという名前で、彼女によれば、ラルフは今日は近所の討伐依頼を受けており、夕方には帰ってくるそうだ。
ヴィーチェもそうであったが、冒険者の行動というのは世間に筒抜けなのだろうか。プライバシーが心配になるハルカだった。
ハルカは知らないことだが、冒険者の依頼中の行動というのは基本的に公表されない。本人が依頼について自分で吹聴してまわっていない限り、どこで何をしているかなど、自分で張り付いて調べるしかない。待ち伏せや先回りされ、冒険者に危険が及ばぬよう、情報が秘匿されるのは当然のことであった。
つまりレナやヴィーチェが待ち伏せできるのは、彼女たちのストーカー行為による成果である。ハルカは気づかない。気づかないほうが幸せかもしれない。
冒険者ギルドが見えてきたあたりで、正面から一人の少女が肩を怒らせて、顎を上げ、攻撃的な視線を一点に集中させてずんずんと歩いてくる。
髪型はツインテール、濃い赤色と茶の間のようなの髪色をしている。ハルカはなんだか嫌な予感がして、集団の後ろにすすっと移動した。彼女の視線がそれを追いかける。
その少女は六人の前にぴたっと止まる。
「お前がハルカとかいう泥棒猫だな!!!」
デジャブを感じたハルカは俯いて、自分の顔を手で覆った。胃がシクリと痛んだ。
こうもあちこちで泥棒猫呼ばわりされると、まさか眠っている間に勝手に体が動いていたりするんじゃないかと心配になってくる。
「アルビナてめぇ、妙な言いがかりつけてるんじゃねえぞ!」
またも間に割り込んだのはトットだった。トットの知り合いで武装しているということは、冒険者である。彼にしてみれば、敬うべき相手であるハルカが馬鹿にされたので、自分が前に出るのは当然であると思っている。
当の本人は話をややこしくしないでほしいと思っていたが、それは口に出さなければ伝わらない。こうした人間に空気を読めと言うのは酷である。
「うるせぇ、引っ込んでろ、ハーフオーガみたいな顔しやがって!!」
「どいつもこいつも俺のこと舐めやがって、くそが!!!」
トットがその場で足をバンバンと踏み鳴らして、空に向かって咆哮する。今にも剣を抜きそうな形相に、慌ててハルカが駆け寄って、トットの肩をたたいた。
「落ち着いて、大丈夫、トットは男らしくて精悍な顔をしてると思いますよ、私は、はい」
「え、そっすか、ハル姐さんがそう言うなら、まあ、俺は、まあ、うん」
落ち着いた様子のトットを見ると、今度はアルビナがまた騒ぎ出す。
「ほら! でた!! こうやってヴィーチェ先輩のことも誑かしたんだ!! 絶対そうだ!!」
「そうよ、ラルフ様のこともそうやって誑かしたに違いないわ!!」
「してません……」
蚊の鳴くような小さな声は、耳にキンキンと響く二人の声に打ち消されて誰にも届かない。理不尽だとは思うが、事態を解決する方法が思いつかない。ハルカはフード引っ張りを深くかぶる。黙って話を聞いていれば終わるのだろうか。口を開くほど彼女たちがヒートアップしていく未来が見える。
「アルビナ、お座りですわ」
鈍く痛そうな音が響く。
何事かと思いハルカが顔を上げると、ヴィーチェが地面を転げまわるアルビナの横に立っていた。アルビナは必死の様子で自分の頭をなでながら、言葉にならない声で呻いている。
「ハルカさん、うちの子がご迷惑おかけ致しましたわ」
優雅に一礼して、アルビナの足を掴んだ。
長いスカートがめくれて肌着が見えているがそんなことはお構いなしだ。アルビナがずるずると地面を引きずられていく。彼女が起き上がろうとするたびに、ヴィーチェが腕を動かしそれを阻止する。その動きは武の達人が、手に止まった鳥を飛ばさないようにする姿に似ている。
「イタ、イタイイタイタタ、痛いです! 先輩!!」
「私も訓練を見ないで遊んでばかりいたのが悪かったですわ、明日からみっちり訓練しますわよ、一対一で」
「先輩、違うんすよ、先輩、ホントすみませんごめんなさいタイマンは勘弁してください、死んじゃう、ごめんなさい許して、許してってば! 謝ってる、謝ってるから助けて!」
「謝れたのは偉いですわ。でももう遅いので、二度と同じことをしなくなるよう毎日訓練いたしましょうね、楽しみですわね」
「た、たすけ、助けて、助けてください! 泥棒猫助けろぉお!! イタァ!」
腕を振ったヴィーチェが歩きながらアルビナの身体を地面にたたきつける。アルビナは遂には両手で顔を隠しシクシクと泣きながらそのまま引きずられていく。抵抗をしても無駄だという諦めの気持ちだった。
「相手してもらえて嬉しかったのかしら? よかったですわね」
一級冒険者はまごうことなく一流の武人だ。人間一人片手であしらうことなど造作もなかった。
「……冒険者ギルド、行こうぜ」
異様な光景をそのまま見送って、最初に声を出したのはアルベルトだった。こういう時、いつもだいたい彼が最初に言葉を発してくれる。変な雰囲気になった一同は、言葉少なく冒険者ギルドへ向かった。
「ラルフ様!」
「うわ……」
依頼を終えて戻った直後に声をかけられたラルフが、レナを見て発した最初の一言がそれだった。
あれ、なんだか様子がおかしいぞ、と皆が思う。流石に身請けの話をするような相手が出迎えてくれたのに、そんな反応をするのはおかしい。
「ラルフ様! この人と一緒にいるから私のところに来なくなってしまったんですよね! そうですよね?!」
「……いや、そういうんじゃなくてね、冒険者稼業に集中したいなって思ったんだよ。俺ももっと上目指したい理由ができたし」
「嘘! だって気になる人ができたって言ってたじゃない!!」
「いや、だから……」
ラルフは冒険者ギルド内で注目を浴びるのが気になるようで、ちらちらと周囲の様子を窺っている。助けを求めるような視線をハルカ達の方へ向けるが、すぐに諦めた。
「確かに、俺は気になる人ができたとは言ったよ?」
そこでまたちらっとハルカの方を見る。ハルカはあえて何の反応も示さなかった。ラルフに嫌がらせをしようとかではなく、反応することによりレナの感情がまた爆発するのが怖かったからだ。
諦めたようにレナの方に視線を戻したラルフは続ける。
「でも、そもそも俺、普通に店通ってただけだし……。行かなくなるのは自由だよね?」
「でも! ラルフ様が私のこと身請けしてくれるって!」
「いや、それどこの情報なの? そんなこと言ったことある?」
俺悪くないよね、みたいな顔をしてみんなの方を振り返るラルフ。
そもそも女遊びをしていること自体を白い目でみているコリンに、興味がなさそうな少年二人。トットは中指を立て、ハルカは沈黙を守った。
「嘘つき!! なんでそんなこと言うのよ!!」
「ちょっと落ち着こう、な?」
突如叫び腕を振り上げるレナ。それを止めるラルフ。
そんな二人を見ながら白けた顔でコリンが言った。
「……帰りましょ、ラルフさんに任せて」
どっちがウソつきなのかはわからないが、こんな騒動に巻き込まれた方はたまったものじゃなかった。一行は暴れるレナの視界にできるだけはいらないように、そろりそろりと食堂へ歩き出した。
その後、いつものおバカ三人衆と合流して喧嘩を煽り続けたトットの報告によると、何を言っても聞かないレナに折れたラルフが、週に1度は店に通うことを約束したらしかった。結局誰が悪いのかはわからなかったが、いろいろとすれ違いがありそうな話である。
叩かれた当初は衝撃を受けていたハルカであったが、他にも考えることの多い一日であった。楽しい夕食の時間を終えてベッドに入るころには、叩かれたことなど割とどうでもよくなっていた。痛くなかったし、話も丸く収まりそうなので、ハルカは安心して眠りにつくのだった。
ラルフのため息と、アルビナの悲鳴は、ハルカの夢の中には届かない。