お待たせ、まった?
その場に立っている者が、ハルカたちだけになると、リルが懐から取り出した笛を吹いた。その笛から出る音はハルカには聞こえなかったが、モンタナとリオルは、顔を顰めて耳をペタンと伏せた。
遠くから一人二人、と人影が見えて、それはどんどん増えていく。誰もが深くフードを被り、顔の大部分を覆うマスクをつけていた。
前線にいた二人はハルカたちの下へ戻り、全員でその奇怪な集団の動きを見守る。
フードの集団は、地面に倒れた者たちをぽいぽいと引いてきた荷台に投げ込んでいく。そのまま投げ込まれた者はおそらく死んでいて、拘束された者は息があるということだろう。
元々リルから聞いていた計画通りではあるが、粛々と行われるその作業は、どうもハルカの目には不気味に映った。
リオルもまた、川向こうから気味悪そうにそれを見つめていることに気づき、ハルカは手招きをした。向こう岸に一人で置いておくと、また新しく現れた集団と一悶着起こしそうな気がしたからだ。
ハルカの招きに、リオルは一言二言何か言っているようだったが、遠くてよく聞こえない。表情からすると、それほど嫌がっているようには見えないし、すぐに川を渡ろうと迂回し始めたので、問題はないのだろう。
橋向こうへ回収に向かった集団とすれ違ったのか、リオルが振り返り振り返り、ハルカたちに近づいてきた。
「なぁおい。女王様狙われてたの倒したけど、なんか賞金とかもらえるのか? 俺あんまり金がねぇんだよ」
後ろの様子を気にしながら、いかにも冒険者らしい言葉を言ってのけたリオルがおかしかった。
「向こうに回す手が省けたので、少しくらい支払いをしますよ。いいでしょう、コリン」
「えー……、しょうがないなー」
コリンは荷物をゴソゴソと漁って、ぽいっとどこかで見たことのある布袋を、リオルに投げ渡した。
「……これ俺のじゃねぇか。やっぱりお前らが盗ってたんだな」
「喧嘩売って負けた方が悪いでしょー。かえしてあげたんだから、ありがとうは?」
「ぐ、う、ありがとよ」
ハルカに正面から負けてからは、おとなしくしているリオルだ。とはいえコリンの減らず口に従って、素直に礼までちゃんと言うとは驚きだった。
そういえばこのリオル、図体は大きいが、冒険に出たばかりのアルベルトと同い年だ。言うことを聞いている分には、可愛いものだと思いハルカは笑った。
「想像した以上の手練れで驚いた。加勢がいらないどころか、まるで無傷で倒し切るとはな。ところで、……奴らが強者を雇い入れたという話があったんだが、それらしいのはいたか?」
「……いなかったと思うですけど、リオル君はどうです?」
「リオル君……? いや、いなかったんじゃねぇの」
「となると、デマか。楽に越したことはないがな」
リルは顎に手を当てて、自分を納得させるようにつぶやいた。
それから十数分後。
その場所は、まるで最初から戦闘がなかったかのように均され、倒れたならず者たちも一人残らず回収された。
フードの集団がさっていくのを見送って、さぁ自分たちも帰ろうかとなった時、モンタナがピクリと耳を動かして振り返った。
「誰かきたです」
街とは反対側から、ローブを着た冒険者らしき人物が歩いてくるのが見えた。
あちらからもハルカたちが見えたのか、呑気に片手を上げて挨拶をしてくる。
その次の瞬間、その女性の姿が突如として消え、一番手前にいたモンタナの横に出現した。
真っ白な肌に、銀、というより白く見える髪。耳は尖っており、背は小さい。眠たそうな濃い緑の瞳は半分閉じられており、歳の頃がはっきりとわからない。少女のようにも見えるし、妙齢の女性のようにも見えた。
モンタナは勢いよく跳んで、ハルカの横に着地して剣を抜く。手の届く距離まで一瞬で詰められたことに驚いたのか、尻尾はブワッと広がり、その目は大きく見開かれていた。
「あ、可愛い子がいたから急いできたのだけど、驚かせちゃったかしら」
鈴のなるような声とはこのことなのか。耳にすんなりと潜り込むような音をしていた。
「美人いる。長く生きてきたけど、あなたのような美女は初めて見たわ」
全員が戦闘態勢をとっていることを気にも留めず、ハルカの方を見てゆっくりとした口調で話す。女性は右手を前に出してゆっくりと手を振る。
「私、ユエルっていうの。クリケットとかいう人に、悪い人を襲撃する手伝いをしてくれって言われて来たのだけれど、あなたたち知ってる?」
ユエルは鼻をすんと動かして「あら」と呟いた。
「血の匂いがするわ。もしかしてもう終わっちゃったのかしら。時間通りに来たつもりだったのだけれど……。ところであなたたち、国をダメにしようとする悪い人たちだったりするかしら?」
「まさか。今まさにその悪人たちを返り討ちにしたところです」
「……そう。でもあなた、私をごまかすために魔法使ってるわね。信じていいのかしら?」
ユエルは自分の手の甲を見て、呟く。話しかけているのか、独り言なのかはっきりとしないトーンだった。
その白魚のような指には、似つかわしくないごつごつとした宝石のついた指輪がいくつかつけられており、怪しく光っている。
「そちらの、嘘のつけなさそうな美女に聞いてみようかしら。あなたたち、悪い人かしら?」
宝石のような瞳に見つめられて、ハルカは返答に詰まる。悪いことをしてきたつもりはないが、どこかの誰かからしたら自分は悪い人かもしれない。
「……そうでないように、常日頃気をつけてはいます」
「ふぅん」
返事に対してどう思ったのかがわからない反応は、余計に緊張するのでやめてほしい。ハルカは表情は崩さないまでも、胃が痛くなりそうな嫌な気持ちを覚えていた。
「それじゃあ、依頼者はもう死んでるみたいだし、もういいか。可愛い子と綺麗な人に会えたから、今日はここに来てよかったわ」
指輪が僅かに光を放つと、ユエルは目の前からまた姿をかき消す。そうしてその姿は、最初の彼女を見かけた場所に出現していた。
すでにハルカたちには背を向けて、のたりのたりと歩き出している。
妙に緊張する相手だった。
ハルカが大きく息を吐いて、仲間の方を見ると、全員がたらりと額や頬に汗を流して、緊張の面持ちを浮かべていた。
「大丈夫ですか?」
ハルカが声をかけると、全員が地面に座り込んで大きく息を吐いた。
「なんだ、あいつ」
かろうじて声を発したアルベルトのその一言が、先ほどの女性の異常さを物語っているようだった。