ネズミ狩りwithライオン
リルという男を頭から信用しきったわけではない。
一度準備をするからと言って、リルを裏庭に残して、仲間たちと宿の中に戻る。
「実はあの男が本当は敵対していて、罠にはめられている、ってこともありますかね?」
ハルカは宿の廊下で足を止めて、仲間たちに問いかける。
三人もハルカの方を見て立ち止まった。歩きながら話していると、すぐに裏庭に戻れてしまう。一度ここで方針をまとめておくつもりだった。
「僕は、多分騙しに来てはいないと思います」
「私はー……、最初完全に騙されてたとこもあるし、なんとも言えないかな。モン君の感覚を騙しきる能力があるとするなら、危ないと思うけど」
ハルカも概ねモンタナの考えと同じだった。自分たちが有名ならともかく、リルの言っていた通り、たかが四級の冒険者だ。モンタナへの対策なんてできないだろう。考えていると、壁に寄りかかったアルベルトが不敵に笑った。
「騙されてたら、全部倒して、爺さんの所に合流すればいいだけだろ」
隣のベッドからぱちぱちと手を叩く音が聞こえた。そちらを見ると、ユーリが目を輝かせて、アルベルトの意見に同意している。スタンディングオベーションだ。ハルカは少しユーリの将来が心配になった。
ただ乱暴な意見であっても、間違ってはいない。
すでに依頼を受けることを決めた以上、どんな展開になっても対応できるようにしておく必要があった。
「ユーリの周りは常に結界で覆います。私とコリンは、護衛について離れず、遠くから前線の援護。コリンは援護は控えめにして、ユーリの横に立って裏切りへの警戒をお願いします。先ほどのことに鑑みると、私には闇魔法は効きません。ですので、私が一番近くで護衛をします。不意打ちをされても私は丈夫ですし、関係性からしてもそれが自然でしょう。モンタナとアルは互いをフォローして、自由に戦ってください。ただし、もし私たちの方で戦闘が発生した場合は、徐々に近寄ってきてください。場合によっては撤退することも考えます。……大丈夫そうですか?」
「それでいいぜ」
アルベルトが答えると、残りの二人も頷いた。そうしてリルと合流するためにハルカたちはまた歩き出す。
「ところで、その作戦、俺たちは余裕で勝てるのが前提だよな」
にやにやと笑うのはアルベルトだ。指摘されてはじめてそのことに気付いたハルカは、慌てて返事をする。
「す、すみません。最初に当たる前に、厳しい相手がいるように見えたら、大規模な魔法を放って撤退しましょう」
「ま、それでいいけどよ。期待には応えないといけねぇよな、モンタナ」
「どっちがたくさん倒したか勝負するです?」
「よし、乗った」
二人は楽しそうに、視線を合わせる。
それを見ながらハルカは頬をかいた。二人が集団戦に切り込んで失敗した姿を見たことがなかったので、つい油断してしまっていた。仲間を信じて作戦を立てるのは良いが、うまくいかない場合の想定をしないのはただの怠慢だ。アルベルトの提言に感謝しつつ、深く反省をしていた。
リルと雑談をしながら街の外へ向かう。
仲間たちには、その姿がエリザヴェータのように見えてるらしい。しかしハルカからみたフードから覗く顔はリルのものだ。見ていると変な反応をしてしまいそうだったから、できるだけ周囲に目を走らせて、顔を見ないようにして歩いていた。
遠くにぴょこんと人影が見える。敵かと思い目を凝らしてみると、それはリオルだった。隠れる様子がないのも納得である。手を頭の後ろで組んで、退屈そうに、一定の距離を空けてついてくる。
今は街の外に流れる川へ向かっている。
ノクトが懇意にしている冒険者と、釣りをしながら交流を深めるというのが、今回の表向きな予定だった。
現場につくと、用意してきた釣竿を川に垂らし、どうでも良い雑談をする。モンタナによれば、声が聞こえるほど近くにはいないが、確実に包囲されているらしい。対岸にも人数が割かれているようなので、遠距離攻撃も視野に入れるべきだ。
川向こうを観察していると、そちら側で焚火をはじめたリオルの姿が見えた。呑気に兎の皮を剥いで、肉を焼いている。巻き込まれるのではないかと心配で、どうにかそれを伝えようとも思ったが、手段が思いつかなかった。
いざとなったら障壁を張って守ってやらなければいけないなと、ハルカはそちらにも気を配る。
リオルが薪を探すためか、森の中へ入っていくのを目で追っていると、モンタナから声がかかる。
「包囲が縮まってるです。……多分リオルさんが最初に接敵するですね」
「え、今見えないから守れないです。どうしましょうか……」
「勝手についてきたんだから放っとけよ」
アルベルトの冷たい言葉が聞こえてすぐ、森の中から怒鳴り声がして、弓を持った人間が数人、茂みの外へ放り出された。
肩を怒らせて森から飛び出してきたリオルは、そのまま次々と現れる荒くれ者どもに向けて走り出す。
数人の弓持ちに向かって低姿勢で走る。
放たれた矢を、難なく手でつかみ取ったリオルは、接敵するやいなや、その首に右手の矢を突き刺し、引き倒す。
動きは止めずにそのまま次々と敵に襲い掛かる姿は、正に猛獣だった。
ハルカはそこで初めて、リオルの強さを認識して、じっと見入ってしまった。
「くるですよ」
モンタナの言葉に我に返って、ハルカは定位置についた。必要な場所に障壁を張り、いつの間にか囲い込んできていた三十人ほどの集団を見る。
後方から杖を持った数人が、ファイアアローを放ってきたのが見えたので、ハルカはその軌道に障壁を張った。間違いなく、敵だ。
前線の二人は迫りくる魔法を気にも留めずに、既に走り出していた。それの対処はハルカがすることになっている。警戒する必要はなかった。
何も言わずに行ったということは、対処する自信があるということに違いないと、ハルカも判断する。言葉はなくても互いにするべき仕事は分かっていた。
無言で切り込んできた二人を見て、相手方も包囲を縮めようと動き出そうとして、出鼻をくじかれた。最前線にいた者の首に、矢が生える。男は慌てて首に刺さった矢を引き抜いたが、口から血を吐き出し、傷口を押さえながらその場に倒れ込んだ。
頭上ではファイアアローが見えぬ壁にぶつかって破裂する。
何事かと思わず見上げてしまった男たちは、再び迫る矢に気付かない。遠距離戦が不利であることだけは察して、前進しようとした瞬間、今度は別の男が目を射抜かれてその場に転げまわることになった。
荒事は慣れているのだろう。
地面に転がる男を助けようともせず、むしろ蹴り飛ばしながら、ようやく集団はまともに動き出す。
しかしその時にはもう、二人の剣士は集団の目前まで迫っていた。
二人の進む先に道ができる。集団はどうも統率が取れていないように見えた。囲い込む動きもどこか緩慢で、互いに罵り合っている声も聞こえる。危なげはないように見えた。
後方に集団に向けて杖を構え、詠唱を始めた魔法使いたちが見えたので、ハルカは即座に魔法を使った。魔法使いたちの顔のすぐ横に、前触れもなく現れた火球は、一瞬膨れ、すぐに破裂した。地面に叩きつけられるように倒れた魔法使いたちは、その後ピクリとも動かなくなる。
音に気をとられた者が数人、また斬り倒された。
川向いでは、リオルが勝利の咆哮を上げているのが聞こえる。
ハルカはちらりと横に立つ男の顔を窺う。
目を見開いたリルが、言葉もなく戦況を見守っているのが見えた。
どうやらここから敵対するようなことはないらしい。とすれば女王からの依頼だという話も、恐らく本当なのだろう。
ほっとしたハルカは、前線に目を戻し、二人の活躍を見守るのだった。