化けの皮
「さて、では依頼の話をするぞ。まずは」
「すみませんけど、顔を見て話すことはできないですかー?」
コリンが目を細くして、エリザヴェータを見つめる。いつの間にかコリンの後ろにはモンタナが立っており、ベッドの横にはアルベルトが立っていた。ハルカが会話をしている間に移動したようだ。
身分のある人間の言葉を遮るなんて、彼女らしくないと思いながらも、ハルカは注意もしなかった。自分たちの中では、冒険者活動を最も現実的に考えているのがコリンだ。仲間たちの動きが不自然だったし、今は自分が口を挟むタイミングではないと思った。
「ふむ、別に構わんが、その態度は依頼人に、まして一国の王に対して失礼ではないか?」
「そう思われたのでしたら申し訳ありません。しかし私は、大事な依頼の話をするときに、顔が見えないのは不安なんですよ。ね、モン君」
モンタナは頷きもしなかったが、代わりにエリザヴェータの顔をじっと注視している。尻尾がゆらゆらと不規則に揺れていた。
「やれやれ。私の知っている冒険者というのは、もっと快活なものなんだがな」
フードを払って見えた顔は、エリザヴェータのものではなかった。
声も、体形もエリザヴェータにそっくりなのに、顔は全くの別人だ。よく見れば恐らく髪の色も染められていて、地毛ではなさそうだとわかる。
目の下にクマを作った少し疲れた顔をしたその男の胸には、恐らく詰め物が入っている。
「これで納得したか? 話をすすめさせてもらうぞ」
だというのに、その男はまるで自分がエリザヴェータ本人であるとでもいうかのように、尊大にふるまっている。
コリンが体の力を抜いて首を傾げた。
「モン君、本人みたいだけど?」
「……変です。前に見たときと、雰囲気が全然違います」
「そうかなぁ、私はそう思わないけど」
男がモンタナの方を見て、肩を竦めた。
「まったく、女王らしい恰好をしていないと本人とは認めてもらえんのか?」
「別に、そうじゃねーけど。でも確かに言われてみりゃあ、なんとなく雰囲気が違うような気がすんだよな。なんだろうなこれ?」
困惑したアルベルトは、下から覗き込むように男のことを見るが、その決定的な違いは指摘しない。自分の視覚がおかしくなったのかと、ハルカは目をこすってみたが、見える景色は変わらなかった。
男は苦笑してハルカに向きなおり、気安く声をかけてくる。
「ハルカ、なんとか言ってやってくれ」
気安く呼ばれることよりも、知人に擬態している姿が気持ち悪かった。すでにハルカはこの男がエリザヴェータ本人ではないと判断している。モンタナが疑っているという事実が、その考えをより確たるものにしていた。
この男が偽物であるのなら、本人やノクトの身の上はどうなってしまっているのか。ハルカは瞬間的にファイアアローを発動して男の周りを囲った。逃がすつもりは毛頭なかった。
「……おい、これはなんの冗談だ」
「ハルカ!? え、何?」
疑われているというのに、低く怒った声すらもエリザヴェータのものにそっくりであるというのは、称賛するべき点だろう。
コリンだけが驚く中、モンタナとアルベルトは冷静だった。
「絶対偽物です」
「あ、やっぱ偽物なのか」
二人が剣を抜いたのはほぼ同時だ。
「誰ですか、あなた。逃げられると思わないでください」
ハルカの口から、低く地をはいずるような声が出る。一度は騙されそうになった自分が腹立たしかったし、演技を続ける相手に対して警戒していた。どうやら反応を見る限り、仲間たちには、この男の容姿が未だにエリザヴェータに見えるらしいと気づいていた。
なぜ自分だけにそう見えていないのだろうかと思ったが、今はそれは後回しだ。
モンタナはともかく、エリザヴェータに見えているはずなのに、何の疑いもなく剣を抜いたアルベルトはやっぱり大物に違いない。ようやく焦った表情に変わった男の顔を見ながら、ハルカは頭の片隅でそんなことを考えた。
「待て、待て待て待て、降参だ、試して悪かった。我らが麗しき女王陛下からの依頼であることは確かなんだ。お前ら、陛下の敵ではないだろう? な? まずはその物騒な魔法と剣を引っ込めないか? こんな状態じゃ碌に話もできないぞ」
「いいえ、こんな状態でも話はできます。私はむしろこのままの方が、冷静にあなたの話を聞くことができます。どうぞ、続けてください」
「おいおい、こんなに馬鹿みたいに魔法を展開して、このあと戦えるのか? 俺と争ったっていいことないぜ。悪いことは言わねぇから、魔法くらいは引っ込めろよ。魔素酔いするぞ」
「しませんのでご心配なく。敵かもしれない相手には油断しないことにしたんです。特に身内の安全確認が取れていない間は」
「わかった、これでいいだろう。お察しの通り、俺は陛下じゃねぇ。しかし陛下の影武者ではある。こうして闇魔法で姿を誤魔化してきたのも、陛下からの命令だ」
「お、男になった。でも声は戻さねぇんだな」
仲間たちにも男の素顔が見えたらしい。
闇魔法は、人の精神や感覚を狂わせる魔法だ。以前イーストンと再会したときに、霧に包まれたのも闇魔法の一種だといっていた。
使い手が少なく、あまり表には出てこないらしい。
魔法がとかれたようだが、アルベルトの言う通り、確かに声はエリザヴェータのままだった。男の顔から出てくると薄気味悪い。
「これは魔法じゃなくて、声帯模写って技術だ。誤魔化す部分はできるだけ少ないほうが幻覚に掛かりやすいんでな。できるだけ素のまま本人に似せたほうがいい」
ぺらぺらと魔法について語ってから、男はちらりとハルカの様子を窺った。それには気づいたが、魔法の展開をやめるつもりはない。再度「続きをどうぞ」と促した。
自分が騙されやすいお人よしだということは分かっている。
間抜けなりに精一杯警戒をするつもりでいた。この男が嘘をついているようには見えないが、それでも、その判断はモンタナに任せればいい。適材適所というやつだ。
「続きもなんもこれで全部だって。名前と職業でも言えってのか!? リル=チル、三十五歳、闇魔法使い、今は女王の影として働いてる、他に何言えば解放してもらえるんだ? 同じ魔法使いとして、あんたの魔法がいつ制御されなくなって暴走するんじゃねぇかと心配なんだよ」
「一日中展開してても暴走はしません」
「そんなわけねぇだろ、おい、なんとか言ってくれ。一応本当に陛下からの使者で依頼を持ってきたんだ。何かの間違いで俺が死んだら、お前らだって困るはずだ!」
一切取り合わないハルカに対して、悲鳴のように助けを求める男を見て、モンタナは尻尾を下げて小さな声で告げる。
「嘘はついてないです」
「わかりました、ありがとうございます」
モンタナの一言であっさりと引き下がったハルカを見て、リルはほっと息を吐いて呟く。
「こええよ、お前ら。聞いてた話と違うじゃねぇか……」