到来
昨日二話上げてます……!
ナギが誕生してから二日。
二匹のドラゴンは今日もユーリのベッドでうろついている。それに合わせてベッドを少し大きくしたので、窮屈にはなっていないはずだ。
今日はモンタナが新しい短剣をもって帰ってきた。先端に細い持ち手のようなものがついた、一風変わった鞘に納められている。それほど業物ではないそうだが、中身はそのうち自分で打ちなおすのだそうだ。今の短剣はそれまでつなぎに使うらしい。
今はアルベルトと共に棒を持って訓練しているが、動きはいつもよりぎこちない。元々二刀流自体は教えてもらったことがあるそうだが、実戦ではずっと短剣一本だった。いつもより間合いは遠く、仕掛けるときも思いきりがない。
アルベルトもそれが分かっているのか、苛烈に攻め立てようとするのだけれど、うまく体を躱して逃げ回っている。元々きり結ぶこと自体が少ないから、相手の攻撃を捌く動きとしては、さほど変わりがないのだろう。
長い時間をかけて壁際に追い詰めたアルベルトが、勝負を決めるつもりで棒を振り上げる。モンタナは今までと違って、それを左手に持った棒で受け止めようとする。
棒同士のぶつかる大きな音はしなかった。
モンタナが直前で受け止めるのをやめて、左手に持った棒を叩かれるままに任せ、右手の棒を前に突き出す。体勢を崩しかけたアルベルトも、棒の軌道を修正して、無理やりモンタナの頭を狙った。
喉元と側頭部。寸前で止められた二本の棒を見る限り、この勝負は引き分けになるのだろうか。
「手加減したですね」
「ま、慣れてねぇ奴に本気出しても仕方ねぇし」
ニヤッと笑ったアルベルトに、モンタナは表情を変えずに言い返す。
「じゃ、引き分けです。アルが三戦負け越しです」
「は? 負けたことねぇけど」
いつもの言い合いが始まったところで、ハルカはベッドに目を向けた。
ユーリの膝に飛び乗って身体を登っていくトーチ。それを真似して膝の前でおぶおぶと前足を上げているだけのナギがいた。結局膝に前足を乗せることはできたものの、そこから先には行けずに固まってしまった。
肩の上にいるトーチを見上げている幼竜の頭を、ユーリがつつくように撫でる。ナギの頭は赤べこのように上下に動くが、怒り出したり唸ったりする様子はなかった。どうやら仲良くなっているようで何よりだと、ハルカは視線をそらして別のことを考える。
ノクトからの連絡が遅いことが気がかりだった。もちろん心配もあったが、それはせいぜい三割くらいのものだ。
どちらかといえば、ノクトの愉快犯的なところが気がかりだった。もしかしてわざと何かトラブルに巻き込まれて、ハルカたちがいつ助けにくるのかと、試していたりするのではないだろうか。
流石にそれはないかと、ハルカは黙って首を振る。
娘のように大事にしてるエリザヴェータと一緒にいるのだ。まさか、まさかと思いながらも、気になって仕方がない。
その身の安全を心配するのではなくて、自分たちがトラブルに巻き込まれることを心配している辺り、ハルカの中でのノクトへの信頼と、信用のなさが窺える。失礼な弟子だった。
そんなことを思案しているときに、モンタナがふと言い合いをやめて裏庭への扉に目を向けた。モンタナがぴたりと止まったということは、誰かがやってくるのだろう。
集中力が切れていたコリンも、弓を置いて扉に注目した。
「あのー、え……。お、お邪魔しちゃいましたか?」
扉を開けたのは宿の従業員である女性だった。全員が自分に注目しているのを見て、何か悪いことをしてしまったのではないかと思い戸惑っている。
ハルカは首を振って優しい口調で語り掛ける。
「いいえ、何か御用でしたら伺いますよ?」
「は、はい。お客様がいらしていて、至急の用件だと。お顔は見えないのですが、恐らく女性だと思います」
「そうだな、女性だ。表で待つ時間が惜しかったので、勝手に入らせてもらった」
聞き覚えのある声。
自信にあふれた態度。
顔を見なくてもエリザヴェータだとすぐにわかった。
「あ、知り合いです。大丈夫ですので、お仕事に戻ってください」
困っている従業員に声をかけると、ほっとした様子で扉の奥に引っ込んでいき、その場には顔の見えないエリザヴェータだけが残った。
「それで、リーサは何をしに来たのでしょう? というか、一人ですか? 護衛は? 師匠は?」
「すぐにばれるとは流石妹弟子だ。あと質問が多い。一つずつにしろ」
「多くもなります。危ないでしょうに」
「大丈夫だ、陰に潜んでここまで護衛をしてきたものがいる。もう帰したがな」
ハルカは眉間にしわを寄せて考える。ノクトがいる以上無茶なことではないのだろうが、自分の視点からだと、相当な無茶をしているように思えた。
ここまで旅をしてきて分かったが、王国は広く、権力を狙う大物もたくさんいる。きっとこの街にもそういった勢力の手のものが多く潜んでいるはずだ。
部外者がとやかく言うべきではないのだろうが、エリザヴェータが傷つく姿は見たくないとハルカは強く思っていた。
「そう怖い顔をするな。せっかくの機会だからな、ここらで残っている馬鹿たちを減らしてやろうと思っているんだ。安全は十分に確保してここまで来たつもりだし、この後はお前たちに守ってもらえばいいと思っている。女王からの護衛依頼だ。まさか断らんだろう?」
自信満々に胸をそらすエリザヴェータに対して、ハルカは額に手を当て人差し指でトントンとこめかみを叩いた。この身体になってから体調不良になどなったことはなかったが、今はほんの少し頭が痛いような気がしていた。