誕生祝
本日二話目です
ハルカたちが新たな訓練を始めてから二日目。
裏庭には奇妙な光景が広がっていた。通りから少し離れているおかげで、時折吹く風に揺れる葉のこすれる音すら聞こえるくらいに静かだ。人が五人もそろって誰もしゃべらないのも奇異だが、行動もまた変わっていた。
三人が武器と見つめ合い、二人は卵と見つめ合う。
静かな空間は、異様な緊張感に包まれていた。
ぴしり、という小さな音を、そこにいる全員が耳にした。全員が一所に集まって、頭を寄せ合う。卵のてっぺんにだけ走っていたひびが、みるみるうちに広がっていくのが見えた。
「名前決めてるんだよな?」
「うん」
「何にしたの?」
ユーリがその質問に答えようとしたとき、卵から断続的に音が聞こえ、全員がそちらに注目した。完全に切り離されたてっぺんの殻が上に持ちあがり、そこから小さなオレンジ色の竜が頭を出した。
薄い膜のかかった目で、小さな竜はあちこちに頭を動かした。てっぺんに乗っていたからが取れると、今度はよじよじと卵からはい出そうとして、卵ごとゴロンと転がった。
一度卵の中に引っ込んだ幼竜は、少しだけ間をおいて再び卵の中から這い出してくる。その全身はすでに飛竜を小さくしたものの形をしており、大きくなった後の姿も想像できるものだった。
小さいとはいえ、モンタナの頭の上から覗き込んでいる火竜のトーチとは、既に同じくらいの大きさがある。流石は大型飛竜の子供といえるだろう。
同じベッドの中にいたユーリは、寝転がって幼竜の目の前に顔を出した。なにも理解していないであろう幼竜は、突然現れたユーリの顔をじっと見つめ返す。
「なぎ、ナギだよ。名前はナギ」
幼竜は、ギュオっと高い何かがこすれるような鳴き声を発して、左右に頭を揺らした。多分なにも理解しておらず、聞こえてきた音に反応しているだけなのだろう。
それでもハルカたちには、名づけに対して肯定の返事をしているようにも見えた。
ユーリはハルカのことを見上げる。ナギの動きをじっと見ていたハルカだったが、その動きに気付いて声を発した。
「いい名前だと思いますよ。性別はどちらでしょうね」
ユーリを褒めて頭を撫でるハルカは、その名前に何も疑問を抱かない。しかしユーリももうそのことで悩んだりはしなかった。ただ褒められたことが嬉しくて、頭を撫でられることが心地いい。
名前も色々考えたけれど、これがいいと思って名付けたのだ。他意は殆どない。バルバロ侯爵領で見た、穏やかな海みたいな優しい子になればいいなと思っていた。
「よし、こいつの飯の準備するか。何食うかわからねぇけど、生まれたからお祝いだな。肉だ、肉食うぞ今日は」
アルベルトが嬉しそうに立ち上がり、皆に移動を促した。ナギはうごうごとベッドの中を歩き回っているから、ハルカと一緒に移動すれば問題はないだろう。ハルカが立ち上がると、モンタナの頭に乗っていたトーチが飛び降りて、ベッドの上に着地した。
何か仕出かすのかと思って少し緊張した一行だったが、トーチはナギの前に立って、目の前の道を踏みしめるように歩いていく。自分の後ろをついてこいとでもいうかのような動きだった。意外と仲間意識が強いのかもしれない。
ナギも他のものより自分に近い形態をしているトーチのことが気に入ったのか、体の割に大きな頭をフリフリ、一生懸命その後ろをついていっている。
ユーリは座ってその行進を見てにこにこと笑い、ハルカたちもユーリを含めて微笑ましい光景をじっと見守る。
「おい、早く。飯行こうぜ飯!」
慌ただしいのはアルベルトばかりだ。コリンは立ち上がって、振り向きざまに注意する。
「あんたねぇ、ちょうど昼時でお腹空いてただけでしょ」
「そうだけど別にいいだろ。祝い事には違いないし、今じっと見てなくたってこれからいつでも見られるんだぜ? それより飯だ。ナギにもトーチにも肉食わせるぞ。早く大きくなって乗せてもらいたいしな」
「気が早いです」
モンタナが突っ込みながらも立ち上がってこれで全員移動の準備が整った。
「では、とっておきのお肉が食べられるお店へ。一応宿の人に聞いておいたんです。今の時間だと混んでいるかもしれませんが、お祝いですからね!」
ハルカが張り切ってそう言いだすと、コリンは笑う。
「それ、行くタイミング見計らってたでしょ、ハルカ」
すっと目をそらして、ハルカは黙り込む。そんなハルカを見たアルベルトは、珍しくフォローするように口を挟んだ。
「いいだろなんだって。ハルカがとっておきって言ってんだから、きっとまずくねぇよ。こいつ食道楽だからな。ほら、いくぞいくぞ」
ハルカとしては助かったような気がするが、自分に対する認識については少し疑問が残るフォローだった。あるいはフォローではなかったかもしれないとも思う。
そのまま宿に入って、表から外に出ていく五人と二匹は、楽しそうにワイワイと騒いで街の中を歩いていく。
ほんの少しの間だけ騒がしくなった裏庭では、また風になびいた葉が、さわさわと小さな音を立てていた。