上達に怪我はつきもの?
エイビスはこんな感じでも、王国に使者として訪れる程度にはエルフの国においては重要な人物であるはずだ。あまり赤裸々にあったことを全て語ってしまうと、王国について妙な誤解を与えそうだ。
しかしここに至るまでの話を、政治的に問題なさそうな部分だけ切り抜いて話すのは、意外と難しい。
話しているうちに楽しくなってきて口が滑ってしまうこともあった。
そんな時はそっとエイビスの顔を窺うのだが、どうもそういった情報収集をしようという気はないらしく、ただ楽しそうに聞いてくれている。
これが演技だとしたら大したものだ。
しかしそうだとすれば自分ごときが気を使ってカモフラージュして話したところで、細部からいろんな情報が抜き取られてしまうだろうとハルカは思った。そこまで思い至ると、どうでもよくなってきて、詰まりがちだったハルカの語り口は、段々とスムーズになってきた。
途中仲間たちに情報を付け足されながらも、話を進めていく。
質問に答えながらずっと話していると、あっという間に時間は過ぎて、気づけばお茶もお菓子もなくなってしまっていた。
注文のために一度会話を区切り、ふと外を見ると、付き添いのエルフの皆さんがいなくなっていた。これほど長くなると思わなかったのか、幾人かは店の中に入り、幾人かはどこかへ出かけていったようである。
ついでに店の中にガタイのいい獣人の少年も椅子に小さくなって座って、居心地悪そうにしているのが見えた。リオルには可愛らしい喫茶店は似合わない。ちなみにアルベルトにも似合わない。
背もたれに花の装飾をされた椅子に、身体を少し小さくして座っている姿が面白くて、ハルカは顔をそらして少し笑った。
話が一区切りついたところで、エイビスがコリンに話しかける。
「そういえばコリンさんは、弓術について聞きたいことがあるんじゃなくて?」
「あ、そうそう、そうなんだよね。弓って身体が丈夫だったり、身体強化が得意な相手にあんまり有効じゃないでしょ? でも冒険者の物語を見ると、エルフの冒険者は強そうな相手にだって弓で戦ってるの」
「あ、それは多分、纏いを使っているんですわ」
「まとい?」
「ええ。弓そのものに魔素を纏わせて、物の質を上げるんですの。イメージに合わせて弓を固く、しなやかにするんですの。集中力がいるので、ここぞという時にしか使いませんけれど」
話を聞いているうちに、アルベルトがそわそわしだしているのが見えた。何か思うところがあるらしく、とんとんと、剣の柄を叩いている。おそらくエイビスの言葉から強くなるためのピースを得て、それを試したくて仕方がないのだ。
元々おしゃべりが好きなタイプでもないので、ここに長く拘束していたこと自体が酷だったかもしれないと、ハルカは思案する。
「ただしこれを使うには、弓を自分の身体の延長と思うくらいに馴染む必要がありますわ。私たちは長命ですし、小さなころから自分専用の弓を作ります。それでも纏いを上手に使える者は、それほど多くありませんの」
「……そっか」
「ごめんなさい。あまりお役に立てなかったかしら」
コリンが俯いて返事をしたのをみて、落ち込んでいるように見えたのか、エイビスが謝った。しかし次の瞬間、コリンが身を乗り出してエイビスの手を取る。
「そっかそっかそっか、なるほどね。ありがと、わかった、試してみる。あ、ごめんね、ちょっと宿に戻るから。エイビスさん、うまくいったらお礼一杯するからね、楽しみにしてて」
「え、ええ。わかりましたわ」
ぶんぶんと手を振られて、話についていけないエイビスは目を白黒させている。
ガタリと音を立てて椅子を引いて立ち上がったコリンは、店内を早足で歩いて、店員に金を多めに手渡して店から出る。店から出たとたんに、走り出したコリンを、エイビスはぽかんと口を開けて見送った。
「今日は来てよかったぜ、俺も訓練……、先戻るわ。おい、エイビス、なんかあったら依頼安く受けてやるからな」
店内でもどたばたと走って出ていくのがアルベルトとコリンの違いだろう。店にいる他の客が驚いていたが、彼にとってそんなことは些細な問題だ。去っていった後に自分たちの方に目を向けられて、ハルカは軽く頭を下げて謝罪した。
「私、何か悪いこと言ってしまったかしら……?」
「いいえ、とてもいい助言をいただきありがとうございました。居ても立ってもいられず、訓練に行ってしまったようです」
「でも、纏いは結構難しくてよ? うまくいかなくて落ち込んだりしないかしら?」
「上手くいくかいかないかは、自分たちの問題ですから。エイビスさんにはきっかけを貰ったことへの感謝しかないと思いますよ」
「でしたら構いませんが……。冒険者の方って慌ただしいんですのね」
「はい。ああいうものなんだと思います。冒険者らしいと思いませんか?」
「……そう言われると、そんな気がしますわ。ハルカさんはまだお話を聞かせてくださいます?」
ハルカは立ち去って行った二人のことを考える。きっと今から身体強化をしながら、纏いの訓練をし始めるはずだ。いつもハルカが横にいて治癒魔法を使っているから、自由に訓練できているが、傍にいないと無茶をやらかすような気もする。だとすると、自分も戻って訓練に付き合ったほうがいいように思えた。
突然話が終わってしまってエイビスには申し訳ないが、ハルカはカフスを撫でながら謝罪する。
「すみません、訓練で無茶をしないか心配なので、今日はこの辺りで失礼させていただこうかと。まだ王国にはいますので、エイビスさんの都合がよい時に宿へ伝言を残していただければ、又お話しできると思います。おそらくこれからしばらくは、毎日訓練に付き合うと思いますので」
「訓練にそんなに危険があるんですの?」
「ええ、下手をすると動けなくなるまでやりますので。手合わせで骨が折れることもざらですし……」
エイビスは口を押さえて目を瞬かせた。
ハルカもすっかり慣れっこだったが、最近の訓練は物騒だ。骨にひびが入る程度の怪我は日常茶飯事だ。
特にハルカが訓練をし始めた頃はひどかった。アルベルトの骨を合計何本折ったかわからない。
怪我をさせるたびに謝って「もうやめます」とハルカは言うのだが、骨を折られた本人が続けろと言って怒るものだから、結局すっかり慣れてしまった。確かにそのままやめては、骨折り損になるから、アルベルトが怒る理由もわからなくはないとハルカは納得してしまったのだ。
上達せざるを得ない状況に置かれて、ハルカの戦闘技術は、一応めきめきと上昇してはいる。
最近では大けがをさせるのは数回に一度くらいのもので、力加減が上達してきたと褒められていた。
リオルの時は、緊張のせいか加減に失敗しているので、この訓練がハルカの前に立つ者にとって、どれだけ有効なものかは定かでなかったが。
「では、私たちもこれで失礼いたします。またお話をしましょう」
ハルカが店から出ていくと、ユーリの乗ったベッドもスーッと横についていく。モンタナも迷いなく立ち上がり、てこてことハルカの後に続いた。
後姿が見えなくなるまで見送って、エイビスは呟いた。
「冒険者って、大変な仕事ですのね」
エイビスの冒険者に対する誤った知識は深まるばかりだ。





