穏やかなる昼下がり
店の前で美形のエルフがたむろしている光景というのは、なかなか見られるものではない。通り過ぎていく人は店を見ながら、すでに店内にいる人は、ハルカとエイビスの二人に目を奪われていた。
「今更ですが、今日の予定などがあったのでは? ご迷惑ではありませんでしたか?」
「いいえ、もう土産を買って帰るだけでしたの。訪ねてもらえて嬉しいですわ」
改めて予定を尋ねるハルカに、エイビスはニコニコと笑顔で返事をする。気を使ってくれているのではないかと、ハルカは表情を注視していたが、裏表のなさそうな笑顔を見せられて、すぐにやめた。
もし用事があったのだとしたら、隠すことなく言いそうなタイプに見える。自分の方からも気を使いすぎないほうがいいのだろうと、判断した。
「そんなことよりも、私、ダークエルフの方をお見かけしたのは初めてですの。昔話で知っていたくらいでしたから、まさかお会いできるとは思いませんでしたわ。確か、南方大陸の最南端に暮らしていらっしゃるのですよね? そちらも私たちの国のように、豊かな森があるのかしら?」
「あ、質問をいただいて恐縮なのですが、私は冒険者になる以前の記憶がないものですから、あまりお答えできることがないんです」
嬉々として質問されても、ハルカには答える術がない。まずもって南方大陸に足を踏み入れたことすらなければ、それっぽいというだけで、本当にダークエルフなのかすら怪しい。
人柄を見るに怒り出すようなことはないだろうが、もしかしてガッカリされるかもしれない。相手の宿を訪ねた時に、伝えたほうがいいかとも思ったのだが、大勢がいる場所で話すようなことではないと思ってやめたのだ。
「あら、そうでしたの。今はご親族が見つかったのかしら?」
「いえ、冒険者になってからは北方大陸を巡っていました。今までダークエルフと遭遇したことはありませんね」
「それは……、ご苦労なさりましたのね……」
眉尻を下げ、目を落としたエイビスは、まるで自分のことのように悲しそうな表情を浮かべた。
驚いて慌てたのはハルカの方だ。今までこの話をしても、そこまで過剰な反応をされたことがなかったので、騙しているような罪悪感にかられ、言い訳を並べる。
「あ、いえ、冒険者になってからは仲間にも師にも恵まれたので、毎日を楽しく暮らしています。なので、そんなに悲しそうな顔をしないでください」
「まだお若く見えますのに気丈ですのね」
「本当に、そういう感じではありませんので……」
お若く見えますと言われても、見た目ではエイビスもそう変わらないように見える。つまりハルカからすれば、だいぶ年下だ。妙な褒め方をされると、反応に困ってしまう。
「でも! きっとハルカさんのご両親は心配されてますわ! 機会を作って一度はダークエルフの里へ行ってみたほうが良いのではなくて?」
「はい、おっしゃる通りです、ええ」
「素直でとてもいい子ですわね」
完全に年下扱いをされている。複雑な気分だ。見た目年齢が近いものに、こういう扱いをされることがなかったのだが、ここにきて初めての経験だった。
「失礼かと思いますが、年齢をお尋ねしても? 私エルフの年齢というのが見た目から判断がつかなくて……。実は自分の年齢もよくわかっていないのですが、エイビスさんから見たら私はいくつくらいに見えるのでしょう?」
「私は先日二十四になりましたわ。ハルカさんはそうですわね……。私たちから見ても同族の年齢って判別しにくいのですけれど、おそらく私よりは年下だと思いますわ。おそらく、二十になるかならないか、ですわね」
随分と具体的な数字が出てきたことに、ハルカは首を傾げる。そんなに自分とエイビスの間に明確な違いがあるだろうか。ハルカから見れば、エイビスはやはり二十前後の若い女性にしか見えなかった。
「何か、明確な基準とかがあるのでしょうか?」
「いいえ、なんとなく。雰囲気と、直感ですわ」
悩むことなく返された言葉に、ハルカは思わずずっこけそうになる。樹木の年齢じゃないのだから、やはり明確な数字など見ただけではわからないのだろう。
「ハルカさん、冒険の話を聞かせてくださらない? 私は国とここを行き来したことしかありませんの。せっかくお知り合いになれたんですもの。ダークエルフの里のことがわからなくても、あなたのことを知ることはできます。私、里に年が近い方があまりいませんの。この国の女王様もあまり気やすい方ではありませんし、お友達になってくださると嬉しいわ」
当初知りたかっただろうことがわからないというのに、エイビスは楽しそうだった。そんな風に求められると、ハルカとしても嫌な気はしない。
「ええ、もちろん構いません。その代わりにあなたのことも聞かせてください。それに仲間がエルフの弓術について気になっているんです。外に話していいことがあれば、教えてもらえると嬉しいです。ね、コリン?」
「あ、うん! でも強くなる方法だし、難しければいいんだけどねー」
「別に構いませんわ。昨日弦を譲っていただいた恩もございますし。ハルカさん、コリンさん、それから他の方のお名前は?」
あまりよく話を聞いていなかったアルベルトは、コリンに肘で突かれて、初めて視線をエイビスの方へ向けた。
「名前だって」
「ん?あぁ、俺アルベルト。アルでいいぜ、おい、お前も」
ユーリのベッドの脇に立って、小声で何かを話していたモンタナに、アルベルトが声をかける。
「モンタナです」
振り向いて名前を告げたモンタナは、またベッドを覗いて小声で何かを告げた。ベッドからそっと頭を出したユーリが、エイビスの方を見てからモンタナをチラリと見る。
モンタナがうなずいたのを見て、ユーリはベッドで立ち上がってようやく声を発した。
「ユーリです」
「あら、かわいいですわね」
にこりと微笑んで首を傾げる、エイビスを見て、ユーリはずりずりと座りこみ、また目から上だけを縁から出す。
どうやら照れと人見知りが混じっているようで、ユーリはその体勢のまま、じっと目だけを動かして場の様子を観察し始めるのだった。