人となり
ハルカは眠る前にメモ帳を開いてぺらぺらとめくった。
そこに書かれた多くのことは、既に血肉となっており、改めて見返すほどのものではない。
はじめのうちは世界についての情報を持っていなかったので、いちいちメモを取らなければ覚えられなかった。しかし今となっては、新しい情報もすんなりと頭に入ってくるようになっている。
記憶を引き出しに例えるとするのならば、頭の中にこの世界用の箪笥ができたといった感じだ。
しかしその中には未確認な情報も残っている。
そのうちの一つが、この世界におけるエルフという種族の存在についてだ。弓矢や魔法が得意。長寿。耳が長く、容姿の優れたものが多い。
北西の森を住処としており、血のつながりからいくつかの種族に分かれている。あまり森から出てくることがなく、質素な生活を好む。
南方のダークエルフとは特徴が似通っており、恐らく生息域が違うだけの同じ種族。
聞いた伝承によれば、神であるオラクルが最初に作った種族であり、それに最も近い容姿をしている。
ハルカはメモ帳を閉じて枕元にそっとおき、目をつぶる。
宿に戻ってから、仲間たちと明日の予定を相談したところ、まずは約束を済ませてしまおうという話になったのだ。
ぽっかりと予定が空いていたから、確かにちょうど良くはあった。
ハルカは横を向いて薄く目を開け、眠るユーリの様子を眺める。
ユーリは昼間も寝たり起きたりしているが、夜になってもちゃんと眠る。このくらいの年齢の子というのは、そういうものなのだろう。
ユーリの規則正しい小さな寝息は、羊を数えるよりよほどいい睡眠導入になる。ぼんやりユーリの顔を眺めていたつもりだったのだが、ハルカはいつの間にかすっかり眠りに落ちてしまっていた。
教えられていた宿を訪ねて名前を告げると、どやどやと男性のエルフが奥から現れた。てっきり一人で泊まっているとばかり思っていたハルカは少し驚いたが、よく考えてみれば、立場あるものがたった一人で他国にくるとも思えない。
エルフの男性たちの容姿は整っているが、神秘的というのにはどこかもの足りない。好みや性別のせいかもしれないが、ハルカから見ると、一番後からゆっくりと現れた、エイビスが一番美形であるように思えた。
「昨日お招きいただいたので、ご迷惑かと思いましたが顔を見せにきました」
「あら、本当に来てくださって嬉しいわ! もしかしたらいらっしゃらないかもとも思っていましたの」
言葉を発するまでは、もしかしたらのこのこと訪ねたのが間違っていたのではないかと思うようなすまし顔だった。
そのためかたい挨拶となってしまったが、口を開いてみればお嬢様めいた言葉遣いと、明るく活発な印象を受ける笑顔をみて、ハルカはほっと安堵した。どうやら昨日出会ったエイビスの印象に間違いはなかった。
「私美味しいスイーツのいただけるお店を知ってますので。是非そちらでお話を聞かせていただけないかしら」
いくつか挨拶の言葉を交わすと、エイビスの方からそんな提案をされ、ハルカたちは交流の場をうつすことになった。
昨日は一人だったのに、今日はぞろぞろとエルフの男性がついてきて、まるで大名行列だ。
「他の皆さんは護衛ですか?」
「護衛なんてそんな大げさなものじゃないですわ。でも昨日こっそり一人で出かけたら、随分と叱られてしまいましたの。私も子供ではないのですから、何度も訪れた街くらいならば一人で歩けると言ってますのに」
この街の治安がどの程度のものかわからないが、国の重要人物が一人でうろついてもいいほどのものではないように思う。というよりも、そんなに治安のいい場所は、恐らくこの世界にはないんじゃないかとハルカは思う。
固い表情で後ろに続くエルフたちの心境を思い、同情した。
ノクトは分かっていてあえて独り歩きをしようとするが、恐らくエイビスは天然タイプだ。いかにも箱入りのお嬢様は、ハルカから見ても少し心配だった。
「街の中とはいえ、皆さん心配なのでしょうね。エイビスは戦闘ができるのですか?」
「弓が得意ですわ。私こう見えて結構強いんですの」
ハルカはざっとエイビスの全身を観察するが、どこにも弓矢を持っているように見えない。昨日も同じような格好だったから、やはり持っていなかったように思う。
「なるほど、持っていないようですが?」
エイビスは目をぱちぱちとさせて首をかしげる。
「友好的な街を散策するのに、弓が必要ですの?」
後ろからため息が聞こえ、横目でそちらを眺めると肩を竦めたり首を振るエルフたちの姿が見えた。彼らはきちんと帯剣したり、弓を持っている。
恐らくエルフたちの持っている常識と、エイビスの持っている常識には差異があるのだろう。
「さぁ、ここですわ!」
どこか見覚えのある景色だなぁと思いながらついてきていたが、エイビスに指し示された店は昨日エリザヴェータと共にケーキを食べた店だった。混み合っているが、数人ならば中に入れそうだ。
あとをついてきたエルフたちは、外で待っていると言って、ハルカたちを店の中に入れてくれた。店に入る前に、そのうちの一人がエイビスに小さな袋を渡す。
「いいですか、エイビスが招いたのですから、勘定はこちらで持つんですよ。払わせてはいけませんからね」
「そんなことわかっていますわ。私だってそのつもりで準備をしてきてあります」
袋をつき返そうとするエイビスだったが、その男性エルフは手を後ろで組んで、そのまま仲間の下へ戻ってしまった。エイビスが頬を膨らまして袋を揺らすと、ちゃりちゃりとお金のこすり合う音がする。
そんな様子を見て、ついてきたエルフの男性たちの一部が、わずかに表情をほころばせる。
どうもこのエイビスという女性は、一族から随分と愛されて育っているようだ。
見た目の年齢や言葉遣いにそぐわない子供っぽい仕草は、ハルカから見ても微笑ましい。
「さ、中に入りましょう。他のお客さんの迷惑になりますからね」
このまま放っておくと小袋を持って仲間たちの方へ戻っていきそうな気配を感じ、ハルカは声をかけて先に店の中へ入っていく。ハルカの意図に気付いたのか、コリンたちもエイビスを待つことなく店の中に足を踏み入れる。
エイビスはおいていかれてしまうと思ったのか、その場で悩むのをやめて、慌ててハルカの背中を追いかけた。
投稿したつもりでいました……!