なるべくして
城の宝物庫の中にはキラキラと輝く宝石が、所狭しと並んでいる部屋があった。乱雑におかれたそれらは、褒美のためだったり、どこかに任務で出かける者のための資金として渡すのだと、ノクトがハルカたちに説明した。
旅の間に大金を持ち歩くというのは、重さの面から考えても現実的ではない。イーストンもそうであったが、こういった宝石を資産として持ち歩くものも少なくない。
コリンは冒険者ギルドに預けて、証文を持ち歩いているが、それは各地に支部があると分かっているからこそできることだ。
モンタナはしばらく時間をかけて、その中から角のない真っ黒な宝石を探し出してきた。
こぶし大ほどある大きさのそれは、吸い込まれそうな濃い黒色をしている。光を受けると、あちこちが小さくキラキラと輝き、そこで初めて宝石らしさを発揮した。
「これにするです。夜の空みたいで、杖とハルカに合うはずです」
表情を柔らかくしたモンタナを見て、エリザヴェータが「センスがいいな」と呟く。そのまま何か言葉を続けようとしたところで、廊下から足音が聞こえ、文官然とした男が一人、宝物庫の前で足を止めた。
ハルカはエリザヴェータに用事があるのだろうと思い、気を抜いたまま眺めていたが、仲間たちが体に緊張を走らせたのを見て、慌てていつでも動けるよう準備する。
結論から言えば、くせ者などではなくてエリザヴェータに用事のある文官で間違いはなかった。
ただハルカはやはり他の仲間に比べると緊張感が足りていない。
旅の最中ならともかく、護衛されている人物のホームグラウンドなら大丈夫だろうと、気が抜けていたようだ。エリザヴェータが小声でやり取りをしている間に、ハルカは一人で反省会をしていた。
「悪いが、用事ができた。数日ノクトじいを借りていってもいいか?」
「師匠がいくのであれば、契約上我々も護衛に行くべきな気はしますが」
エリザヴェータは一瞬視線を泳がせてから、首を振る。
「政治的な話だ。冒険者は顔を出すべきではないと私は思う」
「では、何日かこちらで世話になりましょうかねぇ。その間何かあっても、責には問いません。後ほど宿にその旨を記した書類を届けるので心配しないでください」
そんなやり取りを経て、ハルカたちはその場で二人と別れた。代わりに案内人を一人つけられて王宮の外まで出てしばらく歩く。
「んんんー、肩が凝ったぁ」
門兵たちが見えなくなった辺りで、突然コリンが腕を上げて、身体をピンと伸ばした。いつもと変わらぬ態度をしているように見えたのに、その実意外と緊張していたらしい。アルベルトは首を左右に倒しながらコリンに同意する。
「ま、確かに少し気を張ったな。どこに行っても誰かに見張られてる感覚がしたし、あの女王様もずっとこっちを観察してる感じがしたからな」
「でも悪い感じはしなかったですよ」
「そんなとこまでわかんねぇよ」
視線が気になる二人は肩が凝り、気づきもしないハルカと、もっと詳細にわかったモンタナはそうでもなかったようだ。
道理で幼馴染二人組は、いつもより大人しかった気がした。
アルベルトなんかは、普段だったらそんなことあまり気にしなさそうだがと思い、ハルカは尋ねる。
「珍しいですね、そんな風に気を使うのは」
「……爺の大事にしてる相手なんだろ。だったらどうでも良い相手とも言い切れねぇからな」
「……おお、アル、偉いですね」
思わず感動して、アルベルトの頭を撫でてやろうとして、さっと避けられる。ほんの一年前まではもっと撫でやすい位置に頭があったのに、今は少し腕を上げないと撫でられない。
成長を感じてそれはそれで嬉しいが、以前より容易に撫でさせてくれなくなったことには、若干の不満はあった。
思春期の頃を思い出してみれば、確かに子ども扱いされるのは気分がよくないのかもしれない。
ハルカはちょっと考えてから、アルベルトの背中を平手で軽くたたくだけに済ませた。
「大人っぽくなりましたね」
「ハルカは会った時より子供っぽいぞ」
素早い切り返しに、ハルカは渋い顔をした。
もしそうなのだとしたら、それは多分アルベルトや仲間たちに影響されているせいだ。
ただ、そう思うと変化の方向性としては悪くない。仲間に影響を受けて雰囲気が変わるというのは、たとえ子供っぽくなったのだとしても、不快ではなかった。一人百面相をしていると、隣で歩くコリンが笑う。
「こういうところよね。アルの言い方が悪いだけよ。子供っぽくなった、っていうより親しみやすくなったって感じね。私は今のハルカの方が好き」
「別に俺も悪くなったなんて言ってねぇし」
「うーん……。そうですね、私も前より今の自分の方が好きかもしれません」
言い合ってひとしきり笑って、モンタナはどうなんだろうと見てみる。
モンタナは眠っているユーリの顔を覗きながら歩いていたが、ハルカの視線に気づいて顔を上げる。
「僕も、今の方が楽しそうでいいと思うですよ。でも……、根っこはそんなに変わってないと思うですけど」
「ふぅん、何々、モン君何か言いたげだね」
「僕たちみんな、冒険のことを考えるとわくわくするってことです」
「そんなことは……、確かにあったのかもしれませんね」
冒険者のパーティに誘われた日を思い出してみると、否定しにくいものがあった。
今考えてみれば、あの日誘いに乗った理由は、冒険に対する胸の高鳴りだったような気もする。
「ま、俺たちは冒険者だからな」
頭の後ろで手を組んだまま、大股で歩くアルベルトは、当たり前のように笑ってそう言うのだった。