エルフのお嬢様
コリンが小走りに寄ってくる。
服をほめちぎり、周りをくるくると回る姿に、ハルカは笑った。小型犬が走り回っているみたいで微笑ましい。
新しい服が似合ってる似合ってないは、ハルカには判断つかなかったが、コリンならなんとなくこうして褒めてくれる気はしていた。予想通りの行動でも、だからこそなのか、人に褒めてもらえるというのは悪くない気分だった。
「ありがとうございます。お買い物中にすみません、お邪魔しちゃいましたか?」
「ううん、ちょうど欲しいもの買ったとこ!」
「そうですか、何かお話し中のようでしたが……。エルフの方ですね」
「んー、別に大丈夫。それより後ろにこの間の獣人がついてきてるけど大丈夫?」
「ええ、一応先ほど話はつきました、それから……」
エリザヴェータを紹介しようと姿を探すと、本人がぬっと横から現れた。
「冒険者の話というのは暴力的なのだなぁ」
「あちらから仕掛けてきたので。普段はちゃんとお話をしますよ」
「あれを見た後だと、お話という言葉にも含みを感じるな」
「言葉通りに受け取ってください」
楽しそうに話に割り込んできたエリザヴェータをみて、コリンは黙してハルカに続きを促す。雰囲気で何かを察したようだ。こういうところをみると、コリンの中には商人の血が流れているのだなと思う。
ハルカは小声でコリンに告げる。
「エリザヴェータ陛下です。師匠の弟子という共通点からか興味を持っていただきまして、私の仲間も見てみたいと」
「ふぅん……」
コリンとエリザヴェータの視線がガチッとかみ合って、コリンが軽く頭を下げる。知人を介しての初対面の相手への挨拶としては、傍目から見ても違和感ないだろう。
エリザヴェータもコリンのその反応には満足そうだ。
女王と言っても、無遠慮にじろじろ見たり、一瞬見ただけの前の二人から比べると、かなりまともな対応をしている。
「これで全員です」
「ハルカが一番年上か。この年で北方大陸中を歩き回れるというのなら、確かに実力があるのだろうな。案外いい縁になるかも……」
「ちょっとそちらの方!」
恐れ多いことにも、エリザヴェータの会話を遮ったのは、先ほどまでコリンと相対していたエルフの女性だった。
ハルカも彼女のことは気になってはいたが、女王の手前遠慮して話しかけるつもりはなかった。今は王宮内ではないから、人の話を遮ったところで、ちょっと失礼な奴だくらいで済むかもしれない。しかし身分を知っているハルカからすれば冷や汗ものの行動だった。
「私、エルフの国テネラに住んでおります、エイビスと申しますの。ダークエルフの方にははじめてお目にかかりますわ。お名前を伺ってもよろしくて?」
しかもどうやら自分に語りかけているようだった。
国主を差し置いてあれこれ話したくはなかったが、返事するくらいで怒り出すほど狭量でもないだろうと思い挨拶を返す。
「ご丁寧なあいさつ痛み入ります。冒険者をしております、ハルカ=ヤマギシと申します」
「文献では読んだことがありましたの。南方に褐色の肌を持つ、同じ種族の仲間がいると。是非お話の機会をいただきたいものですわ。お時間さえよければ今からでもお誘いしたいですけれども、いかがかしら」
「お誘いありがたいのですが、今は手が空かず申し訳ありません。もしこの街にしばらくいらっしゃるのでしたら、ご連絡先さえいただければ、こちらから日を改めてお誘い致しますが」
優柔不断気味なハルカも、流石にこのお誘いはノータイムでお断りした。いくら個人的に気になるとはいえ、女王を放ってお茶をしに行く勇気はなかった。
エイビスはさらさらとメモを書き、それを破いてハルカに差し出す。
「でしたら私、あと数日はこちらの宿に泊まっておりますの。ハルカさんの都合の良い時で構いませんので、いらしてくださいませ。あ、女王陛下もお暇でしたらいらしてくださって構いませんわよ」
「私は遠慮しておく」
さらっとエリザヴェータの身分を告げて誘うエイビス。どうやら身分が分かった上で、挨拶もせずに会話をしていたようだ。エリザヴェータの方もさらっと断ったところを見ると、ある程度気安い仲であろうことがわかる。
「それでは、お待ちしておりますわ。それから、弦を譲っていただきありがとうございました。あなたがテネラにいらっしゃったときには、歓迎いたしますわ」
言いたいことを言い終えたエイビスは、身を翻して道の真ん中を歩いて去っていった。
「お知り合いでしたか?」
「テネラとは国交があり、交易もしている。あちらの国内でもそれなりに大きな一族の娘だ。エルフの中では私と年齢の近い女性だからという理由で、よく使節の代表として顔を合わせているのだ」
「エルフは長命の割に、子供が少ないですからねぇ。僕より年上の人がごろごろいますよぉ。比較的のんびりとした人が多いので、ああした好奇心が旺盛な方は珍しいですけどねぇ」
「はぁ、そうなんですね」
「そうなんですね、というが、ダークエルフも同じような種族だと聞いているが?」
「あ、そういえばそうでしたね」
間抜けな返答を聞いて、エリザヴェータは片眉を上げて横に立つハルカを見る。エイビスの去っていった方を、じっと見ているハルカの視線は鋭く、何か熟考しているようにも見える。
だが恐らく、大したことは考えていないのだろうなと、この短い付き合いの中で、エリザヴェータははっきりと悟りつつあった。