エルフの人
コリンは身体強化をしてぎりりと弓を引き絞る。
胴の部分がみしりと音を立てたのを聞き取り、ゆっくりとそれを戻した。
できるだけ強いものを用意してもらったが、複数回の使用に耐えそうにはない。
弦の部分は蜘蛛の魔物が出した糸を撚り合わせたものらしく、こちらには問題なかった。これは購入していくことに決めて、試射場から店に戻り、店主を呼ぶ。
「すみませーん、これの弦だけ五本ください」
「ちゃんと引けたのかい? 値段も結構するぜ」
「いいからいいから。買うって言ってるんだから、後で文句言ったりしないわよ」
「そう言うならいいけどなぁ」
奥から在庫を取り出す店主の後ろ姿を見ながらコリンは考える。おもいだしてみれば、冒険者の物語を読んだとき、弓使いが出てくる機会というのは少なかった。稀に出てきても、集団で大きな魔物を倒すときに使われているくらいだ。
それに加えて例外的にエルフが扱う、魔法の弓。
どういうわけか普通とは一線を画した威力を持つ上に、百発百中という理不尽な弓だ。
モンタナが身体強化の延長を武器に対して行なっていたところを見ると、それに近い技術なのではないかと思える。
しかしコリンはまだその感覚を掴めていなかった。
だとすればできるのは、弓自体の強化。それに、積極的に前線に出ての戦いだ。
こんなことなら打撃についてももっと学んでおくべきだったと、コリンは今更後悔していた。
商品を渡されるまでの間、そんなふうに考え込んでいると、隣に誰かが並んだ。
何気なくそちらを向くと、そこには金髪を長く伸ばした、耳の長い美女がいた。どことなくハルカに似ているような気がするのは、同じエルフだからか。
ハルカと違うのはその肌の色と、控えめな胸だ。表情は物憂げで、やさしく見える。
こうして全体をしっかり観察してみた後だと、やっぱり最初にハルカに似ている気がしたのは、間違っていたかもしれないとコリンは思う。
ハルカはパッとみる限り、冷たそうな近寄り難い美女だ。あと胸が大きい。
共通点は耳の長さと美女というくらいなのに、なんで似ていると思ったんだろうと、コリンは一人で首を傾げた。
「……何か?」
そうしてぼんやりと観察をしていると、エルフの女性から声をかけられてしまう。
「ごめんなさい、なんでもないです」
「なんでもない? ふーん、ま、私のような美女に見惚れるのは、人として当然のことなので許します。存分に見惚れるといいわ」
さらっと髪をかき上げて、流し目を送ってきた相手に、コリンは言葉を返せなかった。ただ、変なやつだこいつ、という判断を下すのだけ早かった。
店主が戻ってきて、商品を受け取り代金を支払う。
そのまま店から出ようとしたところで、エルフと店主の会話を聞いて、足を止める。
「あら、足りないの?」
「あー、すまねぇ。今の嬢ちゃんが何本か買ったとこでな」
「困るわ。成人祝いの贈り物なの。あと二本都合つかないかしら?」
「なんとかしてやりてぇが、ないものはないんだよなぁ。……おーい、嬢ちゃん」
商人として人が購入したものを他人にバラすのはどうなのだろう、と思いながらも、コリンは黙って行く末を見守っていた。
別にすぐさま五本全部使うわけでもない。またいつ買えるかわからないから、予備として多めに買っただけだった。
変なやつが相手だとしても、商機には違いない。コリンはなぜ呼ばれたのかわからないような顔を作って、振り返る。
「あ、もしかして私のこと?」
「そうだそうだ、ちょっと今買った弦を、二本ばかしこっちのエルフの姉ちゃんに譲ってやることはできねぇかな?」
「ええ、この美しい私が必要としているのです。譲ることを許可しますわ」
コリンはイラッとして、一瞬顔を歪めそうになった。なんだこいつと思いつつも、表情を取り繕って、困ったような顔をする。
「んー、私旅をしているので、次にいつこれが手に入るかわからないしなー」
弦なんて気をつけて使えばそうそう切れるものではないので、実はそんなことは思っていなかったが、自分の持っているものの価値を上げるというのは大事なことだ。
「そっか、そりゃあ無理頼んじまったなぁ」
店主の男が申し訳なさそうに引こうとしたのをみて、コリンは慌てず言葉を続ける。
「でも、一本くらいだったら、値段次第で。そっちの人も困ってるみたいだし」
「二本、譲ってくださらない?」
「でも、私にも事情があるしー」
「わかりました、代金はお支払いしますわ、はい」
よし、これで交渉がスタートだ、と思って顔を上げると、エルフの女性が小銭を手に乗せて突き出していた。
この額じゃ、普通の弦も買えやしない。その辺で買い食いしたら無くなるくらいの小銭だった。
「これは?」
「ですから代金のお支払いですわ」
「じゃなくて、足りなくない?」
「そうなんですの?」
振り返って店主に尋ねるエルフ。目をパチクリさせているところを見ると、本当にわかっていないようにも見える。
「あ、いや、確かに足りねぇんだが。あー、嬢ちゃん、代金なら俺が支払ってもらった分を返すから、二本譲ってやってくれ。ちょっと色もつける」
どういう事情か知らないが、そう言って店主が二本分と余分位少し、お金を取り出してカウンターの上に乗せる。
何か複雑な事情がありそうだ。
あまり吹っかけない方がいいと思い、コリンはその金を受け取って弦を二本カウンターに戻した。
「いや、助かった。実はこの材料を卸してくれるのはこのエルフの姉ちゃんたちでな。求められたらつけで渡すようにしてたんだ」
「あー、なるほどね。じゃあもうちょっと吹っかけても良かったかなーなんて」
「勘弁してくれよ、若いのに厳しいなぁ!」
コリンがふざけて言うと、店主も額を叩いてそれに乗る。商売をするもの同士らしい、軽口だった。
「結局譲ってもらえるんですの?」
「ああ、大丈夫だ。この嬢ちゃんに礼を言ってくれよな」
店主から弦を二本受け取ったエルフが、コリンの方を向いたところで、店の前が少し騒がしくなる。
何かと思いコリンがそちらに向くと、よく見慣れた面々が顔を覗かせていた。
目の前のエルフも美人だが、店の外でじっと立っている、見慣れたダークエルフも負けていない。
いつもと違い胸元が強調されているというのに、全体的には男性的な衣服を纏っているせいで、いつもよりも妙に扇情的だ。
「あ、みんな揃ってどうしたの」
コリンが声をかけると、ハルカの口元がわずかに綻ぶ。
「お城での用事は終わったので、探しにきたんですよ」
その口から漏れてくる声は、女性にしては低めで、知らない人が聞くと気圧されるかもしれない。しかし慣れたコリンにとってはいつも通りだ。
「ダークエルフ……?」
そんな呟きが耳に入ったが、コリンはそのまま仲間達の方へ小走りで寄っていく。まずはハルカの服装をほめてやらねばと、コリンは鼻息を荒くしていた。