アドバイス
「モンタナ、早かったですね。見つけてくれるんじゃないかと思っていましたけど」
「そんなに遠くにいなかったですから。今日の服はかっこいいです。足のところ、破けちゃってるですけど」
「ありがとうございます。買ってもらったところだったのに、もったいなかったですね」
二人が話していると、ノクトがしゃがんでハルカのズボンを直す。何もなかったかのように元に戻るそれは、まさにハルカが小さな頃に思っていた魔法そのものだった。
「はい、元通り。リオル君、国にはちゃんと戻るので、先に帰って伝えておいてもらえますか?」
「……命令なら聞く。そうじゃないなら聞かねぇ。帰ってくるまで見張る」
「命令ではないですねぇ……。ま、お任せします」
反抗的な目で、言い返したリオルを、ノクトは苦笑して受け入れた。
ある程度の話し合いが成立した以上、これからは突然攻撃されたりすることはないだろうとハルカは判断した。
エリザヴェータの下へ戻り、指先をアルベルトの方へ向けて、告げる。
「リーサ、あそこにいるのがアルベルト=カレッジです。もう一人のあとからきた獣人の子が、モンタナ=マルトー。どちらも私と同じ日に冒険者になった仲間です。もう一人いるので、もう少し街を歩いても構いませんか?」
「構わん。本当に何も連絡していないのに向こうから現れたな。いったいどんな仕掛けがあるんだ」
「さて、なんでしょう?」
「うーむ……。獣人には耳や鼻が人より数倍いいものがいると聞くから、その類か? それにしても早かった」
エリザヴェータは感心したような表情でしばらくじろじろとモンタナを見ていた。モンタナは見られていることに気付いているが、気にする風でもなく、ノクトの横にいるユーリと顔を突き合わせて何か話している。
エリザヴェータはやがて満足したのか、観察をやめてハルカの方を向いた。
「さて、では残りの一人とやらを探しに行こう。私は黙って街の様子でも眺めながらついていくからな」
「わかりました。モンタナ、コリンを探してもらえますか?」
「いいですよ。コリンなら、さっきアルとは違う武器屋にいたですからね」
そう言って歩き出すモンタナに続く。
尻尾がふさふさと揺れるモンタナの後ろを歩くのは楽しい。
いつもすぐに道をそれていなくなったり、訓練に集中したりしてしまっているので、こんな風に気ままに進むモンタナの後に続くのはなんだか久々な気がした。
歩き始めてしばらくすると、ユーリのベッドがハルカの横にスーッと移動してくる。
「だっこ」
手を伸ばしてくるユーリを抱き上げると、ベッドはノクトの下に戻っていく。
「はい、一緒に行きましょうね。ユーリ、卵の様子はどうでしたか?」
「うごいてるけど、まだでてこなさそう」
「そうですか、もうあと数日必要かもしれませんね」
「うん、なまえかんがえてる」
「あー、でも出てきてすぐ男の子か女の子かわかるんでしょうか」
「どっちでもだいじょぶな名前にする。……ゆーりとか、はるかみたいに」
「なるほど、確かにそれはいいかもしれませんね」
賢いなぁと思いながら穏やかな表情で返事をしていたハルカだったが、ユーリはまじめな表情で、じーっとハルカのことを窺っていた。
ユーリが難しい顔をして考えていると、前を歩いているモンタナが耳をぴくりと動かして、振り返った。
「ハルカ、たまには僕が抱っこするです」
「ええと、そうですか? ユーリ、モンタナが抱っこしてくれるみたいですよ」
手を伸ばして止まるモンタナに、ユーリは目をぱちぱちとして首をかしげる。
モンタナはたまにユーリと話をしているが、抱き上げることは珍しい。チームの中では一番背が小さいから、ユーリとしても少し遠慮しているところがあったのだ。考え事をしている最中であったが、嬉しい申し出に、ユーリはモンタナに抱き着いた。
一方胸の中の温もりが無くなったハルカはというと、なんだか少し寂しく思っていた。目の前を歩くモンタナとユーリが小さな声で会話しているのが見えるが、何を話しているかまでは聞こえない。
話は気になるのだが、耳を澄ませるのもマナーが悪い気がして、ハルカは指先で頭をかいた。
気分を変えて後ろを見ると、ノクトとエリザヴェータが、これまた二人で何かを話しながらついてきている。
ではその後ろと覗き見ると、珍しくアルベルトが一番後ろを歩いていた。どうやらさらに後ろからついてきているリオルを、一応警戒してくれているらしい。
話をするならアルベルトか、と思い、場所を移動しようとして、ハルカはそれを考え直した。
別に常に会話をしている必要はないのだ。
せっかく街の中を歩いているので、何か雑談していたいと思ったのだけれど、よく考えてみれば今はノクトと女王の護衛を兼ねての移動中だ。
モンタナがユーリを抱っこしてくれている分、自分がいつもより気を張るべきなのだ。
ハルカはこの世界に来てから、なんだか寂しがりになった気がしてきて少し恥ずかしくなった。常に仲間と一緒にいたから、お一人様耐性が無くなってきたのだろうかと思う。
頼りになる仲間がいるのは良いが、寄りかかりすぎるのも困りものだ。
ハルカは自分に気合を入れなおして、周囲の様子を観察しようと顔を上げた。
平和な街だ。
顔を上げればわかることだが、商店街にいる人々は、ハルカたちの一行に目を向けていることが多かった。
男性がハルカのことを見ていたり、先頭を歩くモンタナとユーリの可愛らしい二人組を見て微笑んでいたり、あるいはエリザヴェータの顔を思い出そうと首を傾げ、一部はアルベルトのピリピリした様子を見て少し警戒している。
なんにしても目立つ一行だとハルカは思う。
不審な行動をしている者がいないか、さりげなく辺りを見回し続けていると、すぐ前からユーリが呼ぶ声が聞こえる。
「ママ、ママ」
「はい、なんです、どうしました?」
モンタナの肩越しに、呼びかけてきたユーリに少し顔を近づけて尋ねると、ユーリが表情を少し強張らせる。珍しいことだと思いながらも、ハルカはユーリの次の言葉を待った。
「まま、好き。モン君も好き」
モンタナの耳がぱたぱたと動き、尻尾がふさっと大きく揺れる。
ハルカは口元を押さえて、言葉を少し溜めてから答える。
「はい、私もユーリが好きですよ」
返事を聞いたユーリは、モンタナの肩に顔を当てて、ハルカから表情を隠した。
いったい何の話をしたらそうなるのだろう。ハルカは二人の先ほどの会話内容が気になって仕方なかったが、今は先に、緩んだ口を元に戻すことを優先するのだった。