お忍び?
城の主に許可をもらったので、障壁でベッドを作る。
ハルカはそこにユーリを寝かしてやろうとしたが、その小さな手が服をぎゅっとつかんでいるのに気付いて、ベッドを消した。
顔を覗いてみると、少し険しい表情をしているような気がする。もしかしたらユーリも王宮に来て緊張していたのかもしれないと思い、ハルカは背中を優しくなでてやった。
そんなことをしている間に、エリザヴェータは扉を勢いよく開けて、つかつかと歩いて出ていった。服を替えてくるのだという。流石にドレスで市中に出ると目立って仕方がないというのが、その理由だ。
ドアの前で待機していた従者に呼び止められていたが「今日は休みだ」と一蹴し、つかつかと歩み去っていった。
ハルカも服をいつものに戻してしまいたいと思っていたが、ユーリを抱いているのでそれも難しい。そういえばこの衣服の支払いはどうなっているのだろうと思い、ノクトに声をかける。
「師匠、この服はレンタルですよね? お支払いは?」
「僕の方でしましたよぉ。買い取ったので好きに使ってください。今回は本当に王宮に入るための必要経費ですから、気にしないように」
では支払いをと言いだそうと思っていたのに、先にくぎを刺されてしまった。確かに冒険者が依頼主に求められて、その場に必要な装いを用意してもらったのだから、経費に違いない。
「そうしておきます。もし支払ったら、それはそれでコリンに怒られそうですし。それにしても師匠があんなふうに押されるのって珍しいですね」
「小さなころからあんなですから。私の方が背が高いうちは良かったんですけどねぇ。さっきみたいな光景を見られると、彼女の趣味が疑われますから」
「別に師匠は気にしてないってことですか?」
「じゃれつかれているようなものですから。あれで息抜きができるのなら、好きにしたらいいと思ってますよぉ。ただそばにいると、無条件に味方してやりたくなってしまうのが、よくないところですねぇ」
「師匠がそこまで入れ込むのって珍しい気がします」
「失礼ですねぇ、僕にだって色々あるんですよ。多分ですけど、ハルカさんだって、ユーリ君が大きくなっても甘やかし続けちゃうタイプですからね」
「……そうかもしれません、気をつけます」
無駄話を続けていると、つかつかと、規則正しい早足の音が近づいてきた。扉は開けっぱなしになっている。エリザヴェータはそこ仁王立ちして、右手を振ってハルカたちを促す。
「さっ、出かけるぞ!」
エリザヴェータの装いは、普通の町民と言って差し支えないようなものだった。ただ全身からあふれる自信や、磨かれた肌、輝く美貌は隠しきれていない。本人と対面したことがある街の人が見れば、一目でエリザヴェータだとばれてしまうだろう。
先を歩くエリザヴェータを追いながら、ハルカは尋ねる。
「リーサ様、そのお召し物ですと……」
「リーサでいいぞ。もしくはお姉さまでもいい」
「……リーサ、そのお召し物ですと、すぐに身分がばれそうですが」
「ばれてもいいのだ。女王が公務として出ていないということさえ街のものに示せればよい。そこで更に何か行動を起こしてくるようなものは、滅多にいないだろう。たとえいたとしても、特級冒険者と、それが自分より強いという冒険者に挟まれて歩くのだ。……まさか何も起こらぬだろう?」
エリザヴェータがにこーっと笑い、後ろにいるハルカをみやる。中々人を巻き込むのが上手な御仁だと思いながら、ハルカは少し考える。
「……もしかしてそれは依頼ですか?」
「ふむ、冒険者らしい。しかしそうではない、これは姉弟子からのお願いだ。依頼にして万が一何かあったときに、ハルカに迷惑をかけたくはないからな」
これはうまく丸め込まれているのか、それとも本心から言われているのかハルカには判断がつかなかった。しかし、気分は良い。
コリンには怒られるかもしれないが、依頼ではないということにしておこうとハルカは決めた。
「頑張りますけど、仲間と早く合流したいですね。モンタナっていう子が、うちの索敵係なので」
「そうか、では街に出たら案内はそちらに任せる。ノクトじいのいう、将来有望な冒険者達を見るための外出でもあるからな」
「ええ、きっと失望はさせませんよ。強くて優しい自慢の仲間たちなので」
「ほう……。いいな、そういうのは。私にもそんな風に誇れる同年代の仲間がいるといいんだけれどな」
遠い目をしてみせるエリザヴェータを見て、少し寂しい気持ちになる。
元の世界にいても、心を通じ合わせられる仲間を作るのは難しかったが、それとこれとは話が別だろう。
彼女の場合、能力や人柄の問題ではなく、身分の問題でそれが難しいのだ。この世界に来て大切な仲間ができたハルカは、エリザヴェータに同情してしまっていた。
ハルカが黙り込んでしまうと、エリザヴェータは突然足を止め、不満そうな顔で振り返って顎を上げる。
「ハルカ、そういう時は、私がいるじゃないですか、などと言って慰めるものではないのか?」
「あ、ああ、そういう流れだったんですね」
「……ふむ、ノクトじい。さてはこの妹弟子、意外とポンコツだな?」
「あれ、もう気付きましたかぁ」
「え、いや、ポンコツではないつもりなんですが……」
「見た目とはだいぶギャップがあるな。まぁ、妹弟子という意味では、悪くない。姉弟子より頼りになるのも立つ瀬がないからな」
実際はあなたより二十歳は年上なんです、とは口が裂けても言えない。
いささか納得のいかない評価ではあったが、ハルカは賢明にも口を閉ざすのだった。