関係性
二人の間に交わされる会話を黙って聞いていると、ノクトがただぼんやりと王国内を巡っていたわけではないことがよくわかった。
街のおおよその人口、余所との交流や物の流通、商いや兵団の規模、練度、領主の考え方と、現在どの陣営にいるのか。
ノクトは主観を交えながら、それら全てを淀みなくエリザヴェータに伝えた。
凡そ三十分程度、ノクトは語り続け、最後にソファに寄りかかって全身の力を抜いた。
「こんな所ですかねぇ。僕はスパイでもあなたの部下でもないですから、情報が役に立つかはわかりませんけれど。いいお土産になりそうですか?」
「さて、どうだろう。しかし面白い話が色々とあったな」
「……あぁ、そうだ、ハルカさん。確か公爵領で飛竜の卵の買取が盛んにおこなわれているという話でしたよね」
ノクトの話を聞きながら、これまでの旅の光景を思い浮かべていたハルカは、突然話を振られ、慌てて姿勢を正した。
確かに大竜峰で出会った冒険者たちがそう言っていたのを、ちらりとノクトに伝えた記憶がある。
「大竜峰で出会った冒険者が、確かにそんなことを言っていましたね」
内心の焦りを悟られないように、静かな口調で答えてみる。二人の様子を窺っていると、どうやらばれていないようであった。そもそもハルカの心の動きなど今は気にしていないのかもしれないと、ハルカはまた体の力を抜いた。
「リーサ、まさかあなたの叔父さんが郵便事業に目覚めたとも思えません。間違いなく何かを企んでいます。怪しい動きがあれば、バルバロ侯爵から何かしらの連絡が入ると思います」
エリザヴェータは目を閉じて、じっと何かを考えているようだった。黙っていると先ほどの醜態を忘れてしまいそうになるぐらいには、女王らしい見た目をしている。ハルカは早いところあの見るべきではなかった光景を、忘れてしまいたいと思っていた。
「…………久しぶりにリーサと呼ばれた。全く女王というのは気が抜けぬ。油断をすると味方につけたはずの貴族が、平気でこっそり余所と連絡を取り合っているからな。やはりノクトじいはもう少し頻繁に顔を出して、私の無聊を慰めてくれるべきだ」
「女王なんかになるからですよ。僕はそんな地位は捨てて冒険者になってもいいですよ、と言ったはずです。断って公爵を追い出し、その道を選んだのはリーサでしょう?」
「ああ、そんな説教じみた言葉は聞きたくないぞ。ノクトじいの可愛いリーサが、心の中で泣いているんだ。もっと優しく甘やかしてくれ」
「そんなことを言っていないで、いいお相手でも探しましょうねぇ。僕はしがない冒険者なので、女王様を甘やかすなんて大それたことはできません」
「なんだ、冒険者にならなかったことを根に持っているのか? 今からでも女王の地位を投げ出したら、甘やかしてくれるというのか?」
「そんな風に途中で何かを投げ出すように教育した覚えはありませんねぇ」
「冗談だ、そんな風に言わないでくれ。……デルマンが大人しくしているというのなら、警戒すべきは南西と南東か」
真面目な顔に戻ったエリザヴェータが少し俯いて、拳を口元にあてて静止する。手に入れた情報の整理をしているのだろうと思い、ハルカも身動ぎせずに静かにしていた。
数分の沈黙の間、ハルカは二人のやり取りについて考える。
ノクトは、ここまでの道中であからさまなぐらいに女王の味方をするような動きをしてきたのに、いざここに来ると少し突き放したような言動が目立った。
距離が近いからこその態度なのだろうけれど、寂しがる女性に対して、もう少し優しく接してあげてもいいのではないかと思い、ノクトの方を見やる。
ノクトは目を細めて、エリザヴェータのことを静かに見つめていた。それはなんだか、子供を慈しむような、大切なものを見守るようなそんな視線だ。
ハルカはなんとなく理解する。
ノクトにとってエリザヴェータは、幼少期からずっと見守ってきた、大切な子なのだ。その子のために何をしてやるのが適切なのか考えて、こんな態度をとっているに違いない。
多分この関係は、将来の自分とユーリの関係に重ねられるもののような気がして、ハルカはこれまでのやり取りに急に納得がいった。
「うん、うん」
エリザヴェータが二度頷いて顔を上げる。
「まぁ、なんとでもなる。というより、どうにもされてやらん。優位をとってから足をすくわれるようなへまはしない。そんなことでノクトじいに呆れられたくはないからな」
「呆れたりしませんよ。もし女王の座を追われたら、ちゃんと冒険者としてうちに引き取ってあげます」
「馬鹿なことを言う。その時は王国を丸ごと敵にまわすことになるぞ」
「馬鹿なことを言いますねぇ。僕がそんなことを躊躇すると思いますか? それは以前にもうやったことです」
エリザヴェータは目を大きく見開いてから、噴き出して笑う。
「はっはっは、そうだった、ノクトじいは王国では世紀の大悪党だったなぁ! ……安心して頑張れるよ」
「ふへへ、そうでしょう? 安心して好きなことをするといいですよ」
ハルカはユーリの背中をトントンと優しくたたきながら、二人の様子をぼんやりと眺める。ユーリは話が続く間に眠ってしまっていて、今は規則正しく静かに寝息を立てている。
ハルカには二人の関係が眩しく見えた。
そして思う。
いつかユーリが悩んでいたら、同じように背中を押してあげよう。何を敵に回しても、自分はユーリの味方だと言ってやろうと。