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奇行

 エリザヴェータは笑顔のままユーリに顔を寄せて尋ねる。


「この子は?」

「ユーリと言います。……血は繋がっていませんが、家族みたいなものです」


 一瞬ピクリと眉が動いたエリザヴェータだったが、笑顔を保ったまま「賢そうな子だ」とだけ呟いた。

 正直なところ、ハルカは説明の時に血が繋がっていないという言い方は、ユーリのことを突き放すように聞こえないか心配だった。それでもユーリがそのことを理解できていると思ったし、これからも付き合いがありそうな人相手に、誤解を与えたくはなかった。

 ユーリの顔を覗き込むと、ユーリもハルカの顔をじっと見ていた。


「私はこの世界に血の繋がってる人はいませんから、ユーリやチームの仲間たちのことを家族だと思っていますよ。何にも代えがたい私の宝物です」

「……ママは…………、ママが家族ならそれでいい」


 ユーリは何かを言おうとして長く躊躇ってから、ぎゅっとハルカに強く抱き着いた。ハルカは小さなその手を見て、この子は自分が守ってやろうと、心の中でそう思っていた。


 そんな単純な思考をしていたものだから、ファミリーネームと『この世界に血の繋がっている人はいない』という言葉を聞いたときに、ユーリが何を言い淀んだのか、ハルカには全くわかっていなかった。


 そんな二人の短いやり取りの間に、エリザヴェータはソファに腰を下ろしたままのノクトの前まで歩いていっていた。


「さてノクトじい。私はたまには顔を出してほしい、と別れ際に言ったな」

「えぇ、そうでしたねぇ」

「よくよく各地の様子を書いた手紙が届くから、元気でいるのは分かっていた。……だが、五年以上顔も見せぬというのはどういう了見だ。私にとってたまにというのは、一年に一度くらいの頻度なのだが」

「なるほどぉ。私はあなたの五倍くらい生きているので、たまにというのは五年に一度くらいの頻度なんですよねぇ」


 屁理屈だが、確かに話は通っている。しかし、エリザヴェータがわなわなと手を震わせているのを見て、ハルカの肝はすっと冷えた。

 間に入ったほうがいいのではないかと思い、一歩踏み出そうとすると、エリザヴェータが先に動いていた。

 ソファに腰を下ろしたままのノクトに覆いかぶさるようになったかと思うと、その身体をぷらーんと持ち上げていた。暴力的な行為ではなかったが、これでは護衛失格である。

 ハルカだったから反応できなかったが、他の仲間だったら咄嗟に間に入っていたかもしれない。


 そこまで考えてから、ハルカはようやく理解した。

 あぁ、だから他の仲間たちが王宮に来ないように、あんな言い方をしていたのかと。


「まぁ、いい。まぁいい、まあいいとも! あぁ、ノクトじいは相変わらずなんだか全身が赤ん坊のようにぷにぷにだな! 尻尾も冷たくて気持ちがいいな! まったくけしからん! 実にけしからん!」


 そのままソファにダイブしたエリザヴェータはノクトの全身を撫でまわしながら、顔をでれっと緩ませた。その姿はさながら、飼っている動物をめでている人のようであった。

 ノクトは頬をつつかれても、後頭部に頬ずりされても、尻尾をさすられても、諦めたようにじっとしている。ただ口だけは絶えず動いて、エリザヴェータに対して小言を吐いている。


「だからあんまり来たくないんですよねぇ、あなたのもとには。あなた何歳になったんですかぁ。仮にもですねぇ、僕は男性なんですからねぇ。お年頃になったから、わざわざ近くに寄らないようにしたのに、何も直っていないどころか、悪化しているじゃないですかぁ」

「昔から変わらないなぁ、ノクトじいは。ずっとそのままでいておくれ」

「言われなくてもずっとこのままですよ。あと早く離してくださいね。兵士が入ってきたら驚きますよ」

「大丈夫、ドアにはちゃんとカギをかけた!」

「……この部屋に私たち以外にも人がいることを忘れていませんか?」

「大丈夫だ。一人は赤子だし、一人は妹弟子だ。まさか姉弟子の醜態を他言したりしないだろう」

「醜態っていう自覚があるならやめたほうがいいですよぉ。獣人に理解があるのは変態だからだ、って噂がまた流れちゃいますよ」

「別にいい!」

「よくないんですねぇ……。亡くなったあなたのお父さんに、なんて言い訳したらいいんですかぁ」


 ハルカは伸ばしたままの腕をゆっくりと下ろし、ユーリを抱いたまま窓際へ向かった。目の前で起きていることがあまり理解できずにいたから、少し気持ちの整理がしたかった。


 窓の外では、兵士たちが訓練している姿が見える。

 指揮官が何かを言うたびに、一糸乱れず槍が突き出されたり、払われたりするのを見ていると、王宮兵士のレベルの高さがうかがえる。おそらく訓練風景があえて来賓の部屋から見えるようにしているのだろう。

 兵士たちのレベルの高さを、賓客に対してアピールしようという狙いだ。


 そんな真面目なことを考えている間も、背後ではくだらない会話が繰り広げられている。


「なぁノクトじい、尻尾脱皮できないか? 私はあの脱皮したてのぷにぷにの尻尾が好きなんだ」

「あのねぇ、自由にできるものじゃないんですよ。周期的なもので、年に一度くらいなんです。半年くらい前にしているので無理ですよ」

「そうか、じゃああと半年は滞在してもらわないといけないな」

「ハルカさんハルカさん、ちょっとこの甘えん坊はがしてもらえませんか?」

「……訓練が行き届いていて素晴らしいですね」

「あれ、聞こえないですかねぇ。ハルカさぁん、護衛のハルカさぁん、依頼主がお願い事していますよぉ?」


 ハルカは大きなため息をついて、二人の下へ歩いていって、今までないくらい冷たい視線を二人に向けた。


「見なかったことにするので、そろそろ普通にお話ししていただけませんか?」


 エリザヴェータはぴたりと手の動きを止めて、ハルカを見上げて、咳払いをする。


「……さて、妹弟子からのお願いを聞かぬわけにもいかぬな。ノクトじい、いい加減膝の上からどきたまえ」

「言われなくても」


 拘束が外れた瞬間ノクトは床に飛び降りて、自分の足で歩いて反対のソファに腰を下ろした。

 ノクトは自分の横に直立不動でいるハルカに気付き、ぽんぽんと自分の横を叩く。変な嫉妬に巻き込まれたらいやだと思い、ちらりとエリザヴェータの方を窺うと、彼女は首を傾げ「座ったらどうだ?」と何か気にした様子もなく述べた。

 変な関係に巻き込まれたらいやだと思って遠慮していたが、そんなこともなさそうだ。


 ハルカが二人の様子を窺いながらソファに座ると、すぐにエリザヴェータが口を開く。


「ではノクトじい。手紙ではわからぬ各地の様子の子細を聞かせてもらいたい」

「ええ、そのつもりできましたから」


 すっかり仕事モードに入った二人は、きりっとした表情で難しい話を開始する。

 どうやら気持ちを切り替えられずにもやもやしているのは、ハルカだけらしかった。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 女王様…重度のケモショタマニアだったようだな… ギルド受付のお姉さんと気が合いそうだ。 しかしこの性癖で普通の成人男性との結婚とか子作りとか大丈夫なのかな…? それともそこは「女王として…
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