謁見
王城へ入る手続きは、流石に慣れたもので、何一つ滞りなく進んだ。
陳情のため並んでいる人々の横を通り抜け、門の横にある小さな扉の前にいくと、兵士が二人立っていた。
「ちょっと待っててくださいねぇ」
ノクトが一人で先に進み、兵士に何事かを告げると、一人が慌てて扉の中に消えていく。
数分待つと、責任者らしき男と共に数人の兵士が現れた。扉から出て、さっと衣服と髪を整えたところを見ると余程急いできたのだろう。そうして男はノクトへ丁寧に頭を下げて、何か挨拶をしているようであった。
ノクトが冒険者の身分証明であるドッグタグをその男に見せると、男は恭しくそれを手に取り、確認し始める。
その間にノクトがハルカに向かっててちょいちょいと手招きをした。
兵士たちの礼儀正しい態度に、ハルカは少し緊張しながらノクトの後ろに並んだ。
ドッグタグをノクトに返した兵士が、ハルカの方を見て目を大きく見開いた。
「失礼、ダークエルフの方をお見かけしたことがなかったものですから。こちらが先ほど仰っていたお弟子さんでしょうか? ……お子様連れですか?」
「はい。ですので三名での謁見になります。急を要しているわけではありませんので、陛下のご都合が悪ければ日を改めます」
「ノクト様がいらっしゃったことを陛下のお耳に入れなかったとなれば、私が叱られてしまいます。客室へご案内いたしますので、そちらで少々お待ちいただけないでしょうか?」
「もちろん構いません。くれぐれもご公務を優先されますようお伝えください」
話を聞いていた限りでは、ノクトと女王はかなり親しい仲であるようだったが、流石に表向きに適当なことはしないようだ。いつにないノクトの固く丁寧な態度に、ハルカは驚いていた。
こうしているとノクトはどこぞの貴公子のようにも見える。師匠と呼ぶ相手に対して失礼な話ではあったが、ハルカの中でのノクトの株がぐんと上がった。
案内された部屋はそれほど広くないが、センスのいい調度品で整えられていた。シンプルな見た目のソファの座り心地は抜群だし、ふと外を見ようと窓を見てみると、その取っ手に、いやらしくない程度のキラリと輝く宝石が埋め込まれている。
ハルカは高価なものや芸術品の目利きができるわけではないから、それらを見て感じることは少ない。ただ、居心地の悪くない部屋なのに、妙に緊張感があるなと思っていた。
そんな中でもユーリは自由で、床に下ろしてあげると、拙いながらもふらふらとあちこちに歩き回る。歩き始めたばかりの子供というのは、すぐに転ぶものだと思っていたが、ユーリが転んでいるところは見たことがない。
それでもまだ体と頭のバランスが悪くて、見ていて不安になるため、ハルカはずーっと後ろについて歩いていた。
しばらくそうして歩き回っていたが、疲れてきたのか、ユーリがのけぞってハルカの方を見て、そのままこてんと倒れ込んできた。
ハルカは慌ててそれを受け止め、抱き上げる。
「ユーリ、突然よそ見をすると危ないですよ」
「ママがいるからだいじょうぶ」
「まぁ、そうですけど……」
満面の笑みでそう言われ、ハルカは頼られていることを嬉しく思ってしまう。
そうなるともう注意することができず、ハルカはユーリから視線をそらした。
この子が大きくなったら、もしかしてとんでもないプレイボーイになるんじゃないかと、ハルカはひそかに心配になった。
もしも恋愛相談なんかされた日にはきっと途方に暮れてしまうだろう。
来るかもわからない未来を想像しながら、ハルカはソファにその身体を沈めた。
ハルカは、ノクトから聞いた女王のことを思い出しながら、その姿を想像する。
英雄的である。魔法が得意。炎のような赤い髪をしている。苛烈な性格をしている。背がノクトよりは高い。
なんだかすごく怖そうな女性像ができてしまった。
できるだけ余計なことを言って怒られないように、黙っていることにしようとハルカが考えていると、ドアがノックされた。
ノクトは悠々と座ったままだったが、ハルカはユーリを抱いたままソファから立ち上がって、ドアへ身体を向けた。
ノクトが「どうぞ」と言うと、ドアがバンと勢いよく開けられて、一人の女性が現れた。
露出の少ない豪奢なドレスに、綺麗な宝石がちりばめられた杖を持った、ハルカが想像した通りの女性だった。ハルカより少し背が低く、目つきは細められて鋭い。歩くたびに少し揺れるウェーブのかかった長く赤い髪は、聞いた通り炎のようにも見えた。
ドアを、入ってきたとき同様勢いよく閉めて、ついてきた兵士を締め出すと、女性はつかつかと早足で部屋を歩く。
何故かノクトの方ではなく、ハルカの方へ向かってきた彼女は、二メートルほどの距離をあけて、ぴたりと歩みを止めた。
「そなたが弟子か。頭が高いが、王国民ではなく、他国の身分を持たぬものにそれは問わぬことにしよう。直答し名乗ることを許す」
威圧感はあるが、それほどのものでもない。
何故かアルベルトの『斬れば死ぬ』という言葉が脳内で響き、ハルカはあまりに不敬だと思い、慌てて脳内のアルベルトに退散していただいた。
ユーリを抱いたまま、頭をしっかりと下げてから、相手の首元に視線を向けながら、きりっとした表情を意識して名を名乗った。
「冒険者のハルカ=ヤマギシです。ノクト=メイトランドの弟子をさせていただいております」
「……私がディセント王国国主、エリザヴェータ=ディセントである。同じ師を持つものとして、そなたを歓迎する」
ふっと肩の力を抜いてエリザヴェータが笑うと、周りに花が散ったような感覚がした。そうして笑っていると、派手な装いに負けない、魅力にあふれた女性でもあった。





