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正装

 今日はハルカがユーリのベッドを作って移動している。

 たまに練習しているので、難しいこともない。

 旅の途中でウォーターボールを頭の上に浮かせ続けていたのと同じ感覚だ。

 心配性なので、ベッドを自分の少し前に浮かべて、常に視界内に収めるようにしている。ユーリは街のあちこちを眺めながら、時折変わったものがあると振り向いてハルカにそれを教える。

 するとハルカはそれを見て微笑み、ユーリの頭を撫でてやる。外から見ていると、若い母が子供をあやしている非常に微笑ましい光景であった。


 ネアクアに来てから、エルフを数人見かけた。

 誰もが正装をして人の案内人を連れていることから、王都に招かれた客なのだろうとハルカは判断していた。

 エルフを見かけると、ユーリがその都度教えてくれるものだから、一度目が合ったこともある。軽く頭を下げると、あちら側が驚いたような顔でハルカのことを見つめていた。

 ダークエルフは最南端に、エルフは最北端に居を構えているから、あちらとしても非常に珍しかったのだろうなと思い、ハルカはそれを気にしたりはしなかった。何も注目してきたのはあのエルフだけではない、もう慣れっこだ。


 ノクトに連れられて、それなりに立派な構えの店にたどり着く。

 ドアをくぐると、リンリンとベルが鳴った。

 店内にはたくさんの服が並べられており、鈴の音を聞いた店員がすぐに駆けつけてくる。

 その中年の店員はノクトの姿を見ると、両手を上げて大げさに驚き、胸の前で手のひらをパンと合わせてみせた。


「おぉぉお、ノクト様ではございませんか。いったい何年ぶりになりましょうか。いつこちらにお帰りになられたのですか?」

「昨日ですよぉ。今日はちょっと急いでるので、お話はまたの時に。こっちのハルカさんの衣装を見繕ってほしいんですよねぇ。とりあえず、既製品を間に合わせてもらえればいいですよぉ、これから登城するので」


 店員はハルカの姿を、頭のてっぺんから足の先までじぃっと見つめる。その視線にいやらしさはなく、プロらしい鋭い目つきだった。


「随分とスタイルのよろしいお方ですなぁ。どういった色のドレスをご所望で?」

「正装って……、ドレスが普通ですか? その、男性的なズボンとかは……」


 店員は少しボリュームのある顎をさすりながら、ふぅむと少し悩んで、もう一度ハルカを首をかしげながら見つめる。


「なるほど、確かに今もそんなスタイルですなぁ。ノクト殿が連れてこられたということは、普段は戦いを生業とされているのでしょう? よぅございます。私ヤコブ、この稼業を営んで四十年、お客様の要望は叶えてみせますとも。ほんのちょびっとだけお待ちくださいませ」


 腕をまくりながらヤコブが店の奥に引っ込んでいき、ほんの数分で幾着かの服を腕に下げて戻ってきた。


「こちらは少し古い時代の物ですが、最近貴族の方々のうちでは流行っているらしく……」


 そこから説明が始まるが、ハルカにはこの時代の服装様式などさっぱりわからない。どこで止めるべきかもわからず延々と語られ、そのうんちくは右から左に抜けていく。

 ふとユーリはどうしているかと目を向けると、ベッドから顔だけ出して、真面目にふんふんと解説を聞いていた。おそらく自分よりもユーリの方が説明を理解していそうだ。

 若い頭には知識がすんなり入っていくものだ。四十五にもなると、興味のわかないことを頭の中に詰め込むのは難しい。

 自分がさっぱり理解できないことを、そんな風に言い訳しながら、いつ止めようかと悩んでいるうちに、ヤコブが服を取ってくる時間よりも説明している時間の方が長くなってきた。

 ノクトが急いでいると言っていたから止めてくれるとばかり思っていたのに、ニコニコとヤコブではなくハルカのことを見ながら微笑むばかりで、何もしてくれない。


「あの!」


 ノクトの視線を、自分で何とかしろと言うメッセージだと受け取ったハルカは、ヤコブが息継ぎをしたタイミングで少し大きな声を出す。


「はい、こちらがお気に召しましたか?」

「あ、そのなんか、羽みたいなの着いたのじゃなくて、そっちのシンプルなのでお願いします」

「あ、そうですか……。あまり面白みがないと思うので、私としましては、こちらをお勧めしたいのですが……」

「いえ、指定したのが気に入りました、それでお願いします」


 どうもこの店員、派手なものを着せたがっている雰囲気を感じていた。その中でハルカの知る燕尾服に近いものがあったので、変なものに決まる前に、ハルカはそれを指定した。


「どれもお似合いですのに……。では、サイズは大きめにしますか? それともぴたりと合わせます?」

「それは、ぴったりとしてる方がいいのではないでしょうか? 少しゆったりとしている方が礼にかなっていたりしますか?」

「いえいえ、ぴったりの方が、もちろん印象はよろしいかと思います。それでは準備いたします」

「あ、申し訳ないんですが、急ぎでお願いしますぅ。そろそろ向かわないと、昼前に間に合わなくなってしまうので」

「はい、大急ぎで!」


 ヤコブが店の奥に駆け込み、すぐにばたばたと服を持って出てくる。


「ではあちらでお召し替えください」

「ありがとうございます」


 ハルカは服を受け取ると、ユーリをノクトに預け、奥に入って着替え始める。

 途中これでいいのだろうかという不安もあったのだが、とりあえずすべて着替えての感想は、胸元が苦しい、だった。

 首元が少し開けたタイプのワイシャツのようなものを着ているのだが、胸元がぴちぴちで、谷間が少し見えている。下着と肌着を着ているから、別に構わないのだが、これが失礼に当たらないのか不安だった。


 そーっと外に出て、それを尋ねようとすると、ヤコブがまた大きな動作で手を叩ていて喜んだ。


「おぉぉお! 私の見立て通りです。これならばどんな方でもあなたの美しさを絶賛することでしょうね。ささ、お代はもう頂いております。ノクト様もお外でお待ちですので、そのままどうぞお進みください! いやぁ、実に素晴らしい! 素材がいいと服の選びがいもありますなぁ」


 外に目を向ければ、ノクトがベンチに座って日向ぼっこしている。結局ハルカは、ヤコブのマシンガンのような言葉に背中を押されて、質問もできずに店の外に出てしまった。

 達成感と興奮でテンションの上がったヤコブの絶賛に、ハルカは口を挟むことができなかった。


 ハルカが出てきたのを見ると、ノクトはのそりと立ち上がり、ハルカにユーリを受け渡す。


「さて、行きましょうかねぇ」


 今日はノクトも正装をしており、見た目はまるで七五三だ。

 並んでいると、若いお母さんが子供を二人連れているように見えなくもない。

 街をいく多くの男性は、ハルカの胸元に目を吸い寄せられ、それからユーリとノクトの姿に気付き、そっと目をそらす。連れている女性に耳を引っ張られて離れていくものもいた。


「あの、師匠。私のこの服は、失礼にあたりませんか?」

「…………失礼にはならないと思いますよぉ」


 ノクトは横目でハルカの方をちらりと見る。それから視線をくるっと反対に動かし、震えた笑い声でそう答える。


「……なんですぐ言ってくれなかったんですか」

「ですから、別に失礼にはあたりませんってばぁ」

「でも明らかに含みがありましたよ」

「まぁ、それは、ふへへ。あ、ほら、お城が見えてきましたよ」


 適当に笑ってごまかしたノクトは、遠くに見える城門を指さして、話題を変えるのだった。

 ノクトは面白そうなことがあると、多少問題があっても、その路線に事をすすめようとするところがある。当然そんなことで誤魔化されたりはしないハルカは、ノクトの桃色の後頭部をジト目で見つめていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] グラマーな巨乳褐色男装美人とか注目されるよねぇ ましてシンプルな服の中に胸押し込めてる(しかも収まってない)となれば
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