増々馴染む
目的地に近づいていくにつれて、巨人と遭遇することが多くなった。
彼らの索敵能力は高くないらしく、木々の下にいるとこちらの存在に気付かない。不意打ちで反撃なく倒すことができるので、進行の邪魔にはならなかった。
何度か戦ううちに、いろんなパターンもできてきて、ハルカとしてもとても楽しかった。今まで二人がこうなったらどうするか、といった戦闘シチュエーションの話を熱心にしていた気持ちがよくわかる。
今度からはその話に加わらせてもらうことになりそうだ。
何度か戦ううちに、ハルカも自分の力の使い方を実戦で学び始める。
巨人相手にしか通用しない力加減だから、人相手に同じ感覚でやると大変なことになるのだが、その辺りハルカはピンと来ていない。
イーストンの件もあって、会話を試みようと声をかけたことがあったが、まるっきりの無駄だった。巨人たちはこちらに気付いた場合、まず問答無用で襲い掛かってくるので、ただ先制攻撃の機会を与えるだけになってしまう。
戦うなら先制攻撃の方が効率がいい。
これも今回の巨人との戦いでハルカが学んだことだった。
順調に野蛮な冒険者として成長している。
出発して二日。
そう広くない森を抜けると、ぽつりぽつりと木が生えているだけの平原にたどり着いた。その中に一つだけ、景色にそぐわない妙なものがあった。
遠近感を狂わせるような巨大な焚火だ。
その横には大きな大きな男が、地面に足を伸ばして座っている。手に持った木の棒には何かが刺さっており、男はそれを遠火でさっと炙り、木の棒ごと口の中に放り込んだ。
口がもごもごと動き、可食部以外がぺぺぺっと吐き出された。勢いよく飛んだそれは、ハルカたちの方へコロコロと転がってくる。
てかてかと唾液にぬれて銀色に鈍く光るそれは、ヴェルネリ領の兵士たちが身に着けているヘルムだった。
「ここにいるとよぉ、飯がうろうろしてるんだよ。別に人間って美味いもんじゃないんだけどよぉ、なんか癖になるんだよなぁ。皆はおいらのことをのろまだ悪食だって言って殴ってくるけどよぉ。この辺には俺より小さいやつしかいねぇからよぉ、暮すのが楽でいいよなぁ」
立ち上がった巨人は、汚い歯を見せてにやりと笑う。茶色く濁った眼が、ハルカたちに向けられていた。
アルベルトが右、モンタナが左、ハルカが中央を走る。
出会ったらそうしようと決めていた布陣だった。
それにしても大きい。
報告によれば、十メートル程度という話だったが、それ以上あるように見える。恐怖心から大きさは過剰に報告されているのではないか、と思っていたが、むしろ過小評価されていたらしい。
三方向に分かれたハルカたちを見て、巨人は全員の位置を確認してから、まっすぐハルカの方へ走ってきた。地面が揺れる。思わず怯みそうになる見た目だったが、迫力で言えば真竜には及ばない。
拳の周りに巨大な岩の拳を作り出して、右腕に力を込めて後ろへ引き絞る。岩を地面にずりずりと引きずりながらもハルカは速度を緩めない。
「おお、なんだそれ、変な奴だな!」
巨人はハルカの拳を見て声を上げ、ハルカと同じように右腕に力を込めた。ハルカの攻撃に拳を合わせるつもりらしい。
ハルカは最初のうち、魔法をいくつか顔や足に叩き込んでから殴り合おうと思っていた。しかし相手が力比べをしてくる気でいるのを見て、考えが変わった。
折角の機会だ、力比べをしてみよう。
「巨人右腕、身体強化してるです!」
左からモンタナの鋭い声が飛んできたが、ハルカは奥歯を食いしばり、思いきり右腕を振るった。
硬いもの同士がぶつかる鈍い音がして、岩と骨が砕け、肌が破れ血が飛散する。
巨人の右腕がきしみ、肩が外れ、それでもなお勢いは止まらず、身体がコマのように回転する。
地響きを立てて地面に倒れたところで、アルベルトとモンタナがたどり着く。
周囲を揺らすようなうめき声をあげながら、痛みで地面をのたうち回る巨人は、近づくだけで押しつぶされそうで危険だ。
近づくのをためらっているうちに、巨人は目を真っ赤に充血させたまま立ち上がる。
「いぃぃいいいいいいいい!」
もはや言語となっていない、妙に高い悲鳴のような雄叫びと共に、巨人がハルカを踏みつぶそうと足を上げる。
しかしハルカは慌てなかった。
巨人が立ち上がった時点で、ハルカは障壁魔法を展開させて、アルベルトとモンタナのための階段のような足場を作っていた。そのてっぺんは、巨人の首元だ。
頭の上に幾重にも障壁を張ったが、それほど慎重になる必要もなかった。
左右から首に差し込まれた剣が、すでに巨人の全身から力を奪っていたからだ。
障壁の上に載っていただけの足を、下から押し上げてやると、巨人は地面にどうと倒れて仰向けになった。
「おい、倒すなら言えよ、ひっかかったら危ないだろ!」
「すみませーん! 大丈夫ですかー?」
「僕は大丈夫です、アルは危なかったです」
「は? 俺も大丈夫だし。別に危なくねぇし」
「大丈夫だったですから、気にしないでいいですよー」
とんとんと跳ねるように障壁の階段を下りながら、モンタナがうっすらと笑っている。アルベルトも、駆けるように階段を下りてきて、モンタナより少し前にハルカの下にたどり着くと、にかっと笑った。
「作戦うまくいったな。でもハルカの最初の一撃はやりすぎだ。もっと気を引くだけのはずだっただろ」
「すみません、力加減がうまくいかなくて」
「殴るときちょっと笑ってたですけど」
「え、あ、いや、そんなことはないはずですけど」
「嘘です」
「そ、そうですよねぇ。それじゃあまるでアルみたいですもんねぇ」
「おい、どういうことだよ」
「あ、いや、他意はないですよ?」
アルベルトは疑うような視線をハルカに向けていたが「まぁいいか」と言って、倒れた巨人の方へ振り返った。
「なんにせよ、これで依頼完了だな。今回ので、ハルカとの連携も結構よくなったんじゃねぇ?」
「ふふ、そうですね。たまには前衛に出てみるものです。コリンにも今度前衛をしてもらって、連携の強化してみましょう」
「……だな。あいついつも後ろで見てるばっかりだからな」
「です。仲間外れになると寂しいですから。たまにはアルが手柄を譲るといいです。その間に僕が一杯手柄たてるですよ」
「それじゃあ俺が譲る意味がねぇだろうが」
二人が仲良く言い合ってるところに、ハルカが話をまとめるために口を挟む。
「それは帰り道で話し合うことにしましょう。とにかく依頼達成を確認してもらうために、一番近くの兵士たちの陣地を探しましょう。貰った地図に場所を書いてもらってありますから。ええと……、方角的にはあちらですね」
次の行き先が決まった三人は、コリンを前衛に入れての戦い方について、本人不在のまま、ああでもないこうでもないと話し合いを始めるのだった。