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適正

 例の巨人が現れそうな場所へ、三人は無言で向かっていた。

 モンタナもハルカも多弁な方ではなかったから、敵がいつ出てくるかわからないような場所だったから、この沈黙にはそう違和感はないはずだ。


 数時間も歩いたころ、我慢できなくなったアルベルトが歩きながら口を開いた。


「おい、ハルカ。なんでさっきからちらちらこっち見るんだよ。なんか言いたいことあるのか?」

「えっ、あ、ないですよ。はい、ないです」

「…………昨日からなんかお前らおかしくないか?」


 モンタナの方に視線だけをちらりと向けると、横に並んだモンタナも同じようにハルカのことを見ていた。ぱたぱたと耳を伏せて、尻尾でちょんとハルカの手に触れてくるが、何を言いたいのかはわからない。


「おい」


 アルベルトに急かされて、ハルカは仕方なく覚悟を決めた。


「そのぉ、昨日初めて、アルとコリンが許嫁であったことを知りまして、こう、どうしたらいいかなと」

「あ? 知らなかったのか? 別に俺もコリンも気にしてねぇよ。お互いに相手が見つからなきゃ、親の言う通りにしてやるかってくらいだ」

「え、でも昨日コリンが一緒に来てくれないから思い詰めてるって」

「拗ねてるって言ったです」

「あ?」


 話に入ってきたモンタナをアルベルトが睨みつける。

 モンタナはささっとハルカの陰に隠れてその視線をやり過ごした。

 やはりモンタナはアルベルトと接するときだけ、一回り若くなる気がする。これも年の近い男同士だからこそなのだろうかと思い、ハルカはどこかノスタルジックな気持ちになった。


 眉間にしわを寄せたまま、ずかずかと先頭を歩いていたアルベルトだったが、しばらく進むと、ぽつりと語り始める。


「……別に、そういうんじゃねぇよ。ただあいつと一緒に冒険の話を聞いて育って、一緒に冒険者になって、あちこちで戦ってきただろ。なんで今回は一緒に来ねぇんだよ、って思ったらイライラしたんだよな」


 ハルカもモンタナも、それが拗ねてるということなのでは、と思ったが、それ以上何も言わなかった。


「とにかく、さっさと巨人始末して旅に戻ろうぜ。あいつがいねぇとなんか調子でねぇんだよな。よく考えてみりゃ、確かに巨人相手に素手で戦うの難しいし、弓はあまり効かねーからな」


 そう言って頭をがりがりとかきながら先を進むアルベルト。ハルカは、そう言われればそうかと思いながらそれに黙って続いた。

 するとモンタナがハルカの袖をちょいちょいと引っ張って、手招きをした。少しかがんで体を傾けると、モンタナがハルカに耳に口を寄せてささやく。


「仲良しです」

「放っといても大丈夫そうですね」


 残念ながら、誰もコリンの本質的な悩みには気づいていなかったが、三人はひとまず納得してしまう。前線にでて全力で殴り合っている三人にとっては、コリンの気持ちを理解するのは難しいのかもしれない。




 コリンは兵士の一人が作ってくれた椅子と机を持ち込んで、ヴェルネリと同じ部屋で仕事をしていた。

 渡された書類が右に山のように積まれ、左には処理を終えた書類を積んでいく。部屋の中は静かで、筆の走る音、ノクトが茶をすする音、そしてユーリが本をめくる音が時折聞こえる。


 ユーリが見ているのは、地図だったり、破壊者ルインズについて書かれた本だったりしたが、どれも絵が載っているからというだけの理由で、選ばれた本だ。楽しいのかどうか、はた目からは分からないが、ユーリはずっと黙ってページをめくっていた。

 はじめのうちはヴェルネリもその大人しさと賢さに目を見張っていたが、やがて仕事に集中し始めてからは顔を上げることもしなくなった。


 コリンは書類を片付けながら考える。

 数字の計算や、不備がないかの確認などは、思考しながらの片手間でもできる。コリンはどちらかと言えば、一つのことに集中するよりも、いろんなことを並行して処理できるマルチタスクなタイプだった。


 自分たちの冒険は順調だ。

 思っていたよりずっと早く旅に出られたし、誰一人欠けることなくそれを続けられている。もし自分とアルベルトだけだったら、こんなにスムーズに事は進んでいなかったはずだ。

 二人との出会い、それからめぐり合わせ。

 戦いや魔法に詳しいものと出会えたお陰で、冒険者になったときよりは、自分も随分強くなったという自覚があった。


 問題は今自分がどれくらいの強さであるかがわからないという点だ。

 弓を使っていたコリンだったが、弓の威力を上げるには、良いものを用意するしかない。だから数年叩きこまれた格闘技術を見直して、身体強化も上手にできるようになったつもりだけど、いざ実戦になると、他の三人が前線に出てしまい、自分の力が試せない。


 真竜と戦った時なんて特にそれが顕著だった。モンタナやアルベルトが、あの戦いで何かできていたかと言えばそうではないけれど、自分だけが安全な場所でイーストンに守られるようにしていたのは、コリンの自信をさらに失わせていた。


 お金の管理をしているから、パーティの足を引っ張ってばかりいるわけでないと思っているけど、戦闘という面ではどうなのだろう。

 いつか置いてけぼりにされて、後方で支援することしかできなくなるのか。それを想像すると、なんだか嫌な気持ちになった。


 小さなころから冒険者に憧れて、大きくなったらアルベルトと一緒に冒険者として活躍するのだと思っていた。コリンにとっても、活躍、というのは戦うことだった。

 でも、相手の実力が分かる前にがむしゃらにただ突っ込んでいくというのは、性格的にできない。

 最近では戦っていないせいで、仲間たちからも守ってやらなければいけないと思われているような気がする。実際、ハルカが落ち込んでいるときには、真竜との戦いを見た後の恐怖もあって、自分でもそう言ってしまった。


 そんなことをぐるぐると考えながら書類を処理していると、ついに右手に積んであった山が無くなってしまった。


 結局考えはまとまらなかったが、これで仕事は終わりだろうかと、顔を上げる。


 すると部屋の中にいた三人が、黙ってコリンのことをじっと見ていた。


「な、なに、皆して」

「いや、仕事が早いと感心していた」

「ええ、私もコリンさんは元気に話してる姿ばかり見ていたので、そうして淡々と書類処理をしているのが見ていて不思議で」

「かっこいい!」


 別に何か失敗したわけではなく、評価が上がっただけであったことが分かり、コリンは顔を赤らめてすっと視線をそらす。

 何気なくやっていたことで褒められるというのは、なんだか照れくさかった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] かなりやり手と思われる辺境伯も評価しているというなれば事は、コリンの文官能力は相当高いんだろうね。 いずれクランとして独立した拠点をハルカ達で立ち上げた際には、「帰る家を守ってくれる存在」…
[一言] 要はアルベルトほど脳筋じゃないだけだよね
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