意趣返し
チフトウィント要塞から丸一日も歩くと、山間に作られた壁が見えてくる。
壁より南には簡易な建物がたくさん作られており、思っていたより戦場っぽくない。山を越えていくと手間になるので、できればこの壁を通してもらいたいのだが、果たして兵士以外が通っていいものか謎である。
普通に考えれば、わざわざ巨人と密通するような人族はいないから、行こうとして止められることもないはずだ。懸念があるとすれば、軍隊行動の邪魔になるから入るなと言われるくらいだろうか。
「気乗りはしませんが、壁の通行ができるか尋ねに行きましょうか。ダメなら山越えですね」
ハルカが目を細めて言うと、コリンがくすくすと笑う。
何だろうと思い横を向くと、アルベルトも何か楽しそうな顔をしていた。その意図は分からないが、楽しそうなので首をかしげるにとどめる。
アルベルトがハルカの背中をトンと叩き、先に歩き出す。
「冒険者ならそうでなきゃぁな」
「……よくわかりませんが、褒められてるんですかね」
「褒められてるですよ」
モンタナがハルカの横を通り過ぎていったので、ハルカもそれに続く。横にはコリンが並び、後ろにはノクトがのんびりついてくる。
若者たちの子連れが珍しいのか、道中注目を浴びはしたが、やはり声をかけてくる者はいなかった。
スムーズに門の前までたどり着く。
巨大な石壁に、人がぎりぎりくぐれるくらいの門がついている。あちらから巨人が通り抜けにくいようにとの配慮なのだろうけれど、背の高いものが通ろうとしたら頭をぶつけそうだ。
小さいけれど重厚な門の横に、兵士が立っていたので、そこまで寄っていって声をかける。
いったい何の用事なのかと、視線をたくさん浴びていたが、それはもう気にしないことにした。
「すみませんが、この門を通してもらうことはできますか?」
「……は? 何のために? 冒険者なら、集合場所へ行くんだな」
「冒険者ではありますが、依頼を受けたわけではないんですよね」
「じゃあ何をしに行くんだ。死ぬだけだぞ」
何をしにと言われても、冒険しに行くだけなのだけれど、説明しても理解されそうにない。どうしたものかなと返答を悩んでいると、アルベルトが話に割って入った。
「あれこれうるせぇな。通せるのか通せねぇのかだけ教えろよ」
兵士は眉間にしわを寄せて、アルベルトを睨みつける。
「冒険者ごときが、調子に乗るなよ」
「質問に答えられないほど馬鹿なのかよ。三回目だぞ、通っていいのか? いけないのか?」
アルベルトは笑ってさらに兵士を煽る。少し前だったら冒険者ごときと言われた時点で、手が出ていたはずなのに成長したものである。暴れ出すアルベルトを止めようと伸ばしていた手を引っ込めて、ハルカはその成長に感じ入っていた。
腹に据えかねたのか、兵士が槍を持っていた手に力を込めたところで、隣に立っていた壮年の兵士が間に入った。
「まぁ、そんなに喧嘩腰になるなよ。通りたきゃ通ればいいだろ。お前も、くだらないことで喧嘩をして懲罰を受けたいのか? ほら、通れよ」
壮年の兵士がピーっと笛を鳴らすと、間を置かず壁の向こうからも同じくらいの長さで笛がならされた。扉の向こうの安全確認をしているようだ。
笛の音が返ってくるのを確認した兵士は、扉に寄って鍵を差し込んでから、嫌みっぽく笑って言う。
「ほら、鍵は開けてやったから、勝手に通れよ。門が開けられるならな。俺たちは手伝わないぞ」
「開けられるわけないじゃないっすか、こんなガキどもに。俺たち六人がかりで開ける扉ですよ」
コリンがそれを聞いてにやーっと笑ってハルカの腕を叩いた。
「よし、ハルカ! 通って良いって。門開けてね?」
「え、はい、じゃあ通りますけど……。通った後で怒られたりしませんよね?」
「通れるもんなら通ってみるといい」
壮年の男の自信たっぷりな笑みに見送られて、ハルカは門の前に立った。随分と重い扉のようだから、少しは力を籠めなくちゃいけないだろう。
というか、自分が一人でやらなければいけないのだろうかと、ハルカは疑問に思い、仲間の方を見る。すると、全員が手を貸す気配なく、ハルカのことや、兵士たちのことを見つめていた。
少しは手伝う素振りくらいしてくれてもいいのにと思いながら、ハルカは扉に手をかける。
軽く押してみると、なにかが引っ掛かり、扉がきしむにとどまった。押して開く扉であるかが不安になったハルカは、一度兵士たちの方に振り返る。
「あのー……、これってこちらから押したら開くんですよね?」
「そうだ。扉が重くて動かないか?」
帰ってきたのはそんな言葉とにやにやとした兵士たちの笑い顔だ。
「いえ、間違いないならいいんですけど」
引っ掛かりがあったと感じたのは、自分の勘違いだったのかもしれない。単純にそれだけ重い扉なのだろう。
ハルカが腕と足に力を込めて、ぐいっと左右の扉を押し開く。
金属の折れる悲鳴のような音がして、観音開きの扉がはじけるように開かれた。
扉の先には変わらぬ景色が広がっていて、それだけみると、こんな丈夫な扉で守る意味なんてないんじゃないかと思ってしまう。しかしこの門をくぐれば、破壊者たちが跋扈する世界になるはずだ。
ハルカはごくりと息をのんで、開いた扉から一歩を踏み出した。そうして二歩、三歩、足早に進んでいく。いっそ小走りなくらいの速さのそれに、後ろから笑い声をあげながら、仲間たちが付いてくる。
門から少し離れたところで、速度を緩めたハルカは、仲間たちに恐る恐る声をかけた。
「あ、あの、私、その、もしかして門の部品とかどこか壊しました? 開けるとき凄い音がして、怖くて慌てて逃げてしまったんですけど……」
「しーらね、そうだとしてもアイツが、開けば通っていいって言ってたからな」
「そうそう、気にしない気にしない。日が出てるうちにもう少し、奥まで進んで野営地探しましょ」
「で、でもなんか、鉄の棒みたいなのが地面に転がってて」
「あの人、鍵開けたふりしてたですよ。だから鍵が壊れただけです」
「……弁償ですかね?」
「しなくてもいいんじゃないですかねぇ」
ハルカが門の方を振り返ると、ふわふわと少し地面から浮かんだノクトが、のんびりと答えた。
「意趣返しとしては十分でしょう。やられっぱなしっていうのは良くないですからねぇ」
少し悪い笑顔を浮かべたノクトは、ご機嫌そうだ。
「冒険者としては及第点ですねぇ」
「……冒険者って野蛮ですよね」
「そうですよぉ、知らなかったんですかぁ?」
ハルカの言葉を悩むことなく肯定したノクトは、空高く浮かび、額に手を当てて遠くを見つめる。
「久しぶりですねぇ、ディグランド。久しぶりですねぇ、巨人。僕も少しわくわくしてきました」
「爺も冒険者なんだなぁ!」
「当たり前じゃないですかぁ、あなた達より百年は先輩冒険者ですからねぇ」
アルベルトとノクトの軽快なやり取りを見ながらハルカは思う。
だいぶ慣れてきたと思ったが、まだ自分は冒険者にしてはお上品すぎるらしいと。