相性
王国では冒険者の地位が高くはない。
とはいえ大きな街には必ず冒険者ギルドがあるはずだ。
ハルカは朝食を食べながら、まず冒険者ギルドへ顔を出してみることを提案した。冒険者ギルドを通してきた依頼であれば、自分たちの方で条件の確認ができる。
そこから先のことはまた依頼を見てから考えればいいだろう。
特に反対意見もなかったので、宿の主人に冒険者ギルドの場所を尋ねてみると、丁寧に説明をしてくれた。
説明を終えた主人は、腕を組みながらハルカたちのことを眺めて、口を開く。
「しかしあんたたち、軍の作戦に参加しに行くのかい? 若いみたいだし、やめたほうがいいんじゃねぇかな。意気揚々と冒険者ギルドから作戦に参加した奴は何人も見てきたが、戻ってきた奴を見たことは殆どないぞ」
「ありがとうございます。作戦はそんなに厳しいものなんですか?」
「いや、聞いた話でしかないんだけどな。軍の奴らにしたって外様の冒険者より、いうことをきく兵士の方が大事だろ? 自然と厳しい仕事を任されるんじゃないのか?」
「なるほど……。それではよく考えてみることにします。だめそうならここに戻ってきますよ」
「ああ、いつでも歓迎するからな」
昨日いやなものを見ただけに、人の優しさが余計にしみる。街に泊まるようだったら。またここに泊まることにしようと決めて、ハルカは宿を後にした。
教えてもらった冒険者ギルドの場所は、意外なことに街の割と要塞に近い場所にあった。もっと街の端に追いやられているとばかり思っていたのだが、この街においては思ったより重要視されているのかもしれない。
しかし、現地にたどり着いてみると、その考えはしっかり否定された。
建物の大きさはそれなりにあるものの、全体的に古臭く、板で素人が補修したあとまで見つけられる。立地からすると、街を要塞の外に作り始めた頃からあるのだろうけれど、一度も改築をしたことがないのだろう。
建物に足を踏み入れると、煙草をふかした男が一人、眠たそうにカウンターに座っていた。髪はぼさぼさで、半分閉じた目には目ヤニも見える。男はハルカたちを一瞥して、一度タバコを口から外して、何かを言おうとしたが、面倒になったのかまた煙草をくわえなおした。
あちらから関わる気もなさそうだったので、カウンターには立ち寄らず、依頼ボードの下へ直接おもむき、数枚しかはられていない紙を見る。日付の古いものが多く、手を伸ばして紙の端に触れてみると、ポロリと崩れてしまう。
内容は一般的な冒険者の行うどぶさらいや、土木工事の依頼だった。最近のものがないということは、階級の低い冒険者がこの街には暮らしていないということなのだろう。
その中に一枚だけ真新しいものがあり、ハルカたちの目を引いた。
宿の主人が言っていた通り、一時的に軍隊の作戦に参加するという内容の依頼だった。階級の指定がされていないのに、依頼料は破格で、暮らしに困ったものなら飛びついてしまうかもしれない。
この街では冒険者の依頼のルールも守られていない。
そのことを注意する者も誰もいない。
カウンターに座った眠たそうな男にそれを期待するのは酷というものだろう。
ハルカたちはギルド内で一言もしゃべらないまま、外へ出た。
「とりあえず、必要なものを買って街の外に出ましょうか」
あまり多くの会話もせずに、さっと買い物を済ませて、入ってきたときと同じ南の門から外へ出た。一度北の門も覗きに行ったのだが、兵士たちがたくさんいて、一般人にはあまり開かれていないように見えたからだ。
ハルカは街にいる間ずっと、息が詰まるような気持ちでいた。それは何か一つの出来事から作られたものではなかった。
冒険者としての居場所がないこと、働く兵士たちの環境、それに戦争の香り。
一言でまとめてしまえば、とにかく肌に合わなかった。もし自分が最初にたどり着いた街がここだったらと思うとぞっとする。
もしかしたら死んだような目で受付のカウンターに座っていたかもしれないし、何もわからないまま磔にされた男たちに石を投げていたかもしれない。あるいは、自分が磔にされていたか。
そうしたらどうなっていたのだろう。
傷つかない身体、尋常ならざる怪力に、街ごと消し去る魔法。
少なくとも、仲間を作って冒険なんてできていなかっただろう。
必要もないのに息を殺したまま南の門を出て、少し離れた所で大きく深呼吸した。肩が凝ったわけでもないのにぐるぐると腕を回し、体と言うより、心をほぐす。
「いや、にしてもハルカ、つけられてるのわかるようになったんだな」
アルベルトがハルカの背中を叩いて笑う。何を言っているかわからず、ハルカが首をかしげると、アルベルトは怪訝な顔をした。
「ん? お前、つけられてるから冒険者ギルド入ったあたりから緊張してたんじゃないのか?」
「はい? 誰かついてきてたんですか?」
「……わかりやすく後ろにいただろ。いたよな?」
アルベルトがモンタナとコリンに話を振ると、二人とも頷いた。気づいていないのはハルカばかりだ。
「え、ハルカ気付いてなかったの?途中でタライに躓いたりしてたけど」
「………………ああ、なんか小指が痛そうだなとは思いましたけど」
「ユーリは多分気付いてたですよ。ちらちら後ろ見てたですから」
モンタナの言葉に、ハルカはユーリを見る。
ユーリはハルカと目が合って、にこりと笑って頷き、頭を差し出した。撫でてくれという催促に、ハルカは優しく頭をなでてやりながら、表情を変えずに傷ついていた。
一歳児以下の警戒心と証明されてしまったわけだから、無理もない。
ユーリを撫でて心を落ち着けながら仲間たちに尋ねる。
「今はもういないってことでいいでしょうか?」
「いないです」
ハルカは一応街の方をじっと見てから、指先を街の西側に向けた。
「そうですか……。では街をあちら側からぐるっと迂回して、北進。私たちだけで巨人たちの領土の偵察に行きましょうか」
「おう! そうするか」
「冒険するですよ」
「はーい、巨人が出たらハルカが守ってね」
三人の笑顔を見てハルカも笑う。やはりこうして自由にしている方が性に合う。
歩き出した足取りは軽い。巨人の脅威を考えてみても、街中にいるときより、ハルカの気分はずっと軽く穏やかだった。