戦う日常
街の中に入っても雰囲気は似たようなものだった。
町のあちこちに傭兵を募集する張り紙が貼られている。給料は良さそうだが、それだけに必ずしも生きて帰れるとは限らなさそうだ。
人々を観察していて気づいたことであったが、街には全体的に男性の比率が少ない。まるでいないというわけではないが、明らかに見かける数が少なかった。
宿をきめたあと、ハルカは女主人に男性が少ない理由を尋ねてみる。
「あら、冒険者さんは傭兵をしに来たわけじゃないのかしら。この街に外から訪ねてくる人は大抵その為に来るんだけどねぇ。フォルスでは、成人してから三十五歳までに、最低五年間チフトウィント要塞で兵役につかなきゃいけないって決まりがあるのよ。だからその年代の男性が少ないの。そうでなくても男性は兵士が多いからねぇ……。はっはっは、でもうちの領主さまは強いからね! 大抵の若者は元気に帰ってくるさ」
それが普通なのだろう。顔色一つ変えずに主人はそう答えてくれた。今まで見てきた他領と比べると随分と過酷な環境であるように思える。
他の街に出ていくこと自体が少ない王国の人々だと、領地のルールというのは絶対なのかもしれない。気に入らないから街から出て行く、という選択肢が存在しないのだ。
兵役という言葉にどこか暗いものを感じて、考え込みながらもそもそと食事をすすめる。仲間たちはいつもと変わりがない。気になったハルカは、直接尋ねてみることにする。
「必ず兵士として活動しなければいけないというのは、辛いものじゃないのでしょうか?」
「辛い人もいると思うです。でもお給料がいいですし、本当に辛ければ街から出るですよ」
ハルカが思っていたのとは少し違う返答があった。続いてアルベルトが言う。
「自分の生まれた街を体を張って守るんだろ。そんで給料がもらえるんだから、俺は別に嫌だとは思わねぇけどな」
「そうだねー。何もしないで破壊者が攻め込んでくる心配をし続けるより、五年間しっかり働けば、それから先は安心して過ごせるってほうがいいかも」
仲間たちの話を聞いてなるほどと思う。
ハルカの育ってきた環境では、戦争や兵役というものに対する忌避感があった。そもそもこの世界は、常に隣人である破壊者と戦争をしているような状態であるから、それほど悲壮感はないのかもしれない。
「っていうか、前線で戦うのが嫌だっていうなら、わざわざ危険に突っ込んでく冒険者なんてできねぇしな」
「あっ……、そうですね」
考えてみれば自分だって冒険者なんていう因果な職業についているわけだ。当然命のやり取りは常にしているはずなのに、なんとも間抜けな質問だった。
全ての人が悲観的に兵士になるわけではないのだ。そう思うと少し胸のつかえがとれた気はしたが、ハルカの脳内には、エレクトラムで借金のかたにここへ送られた男の姿が思い浮かんでいた。
ハルカは一人で首を振って、一度そのことを考えるのをやめた。
せっかく知らない土地に来たのに、考えごとをしながら食べるのは失礼というものだ。
目の前に並べられた食事を眺めてみる。
濃い塩味のする葉物野菜と肉を煮込んだ赤色のスープに、クレープのような生地にチーズや野菜を包み込んだもの。全体的にハーブの香りと味付けが強かったが、ここでしか見たことのない食べ物だった。
中々おいしい。ただ少しお酒が飲みたくなる。
一人だけアルコールを飲んでいるノクトを少し羨ましく思いながら、ハルカは食事を楽しんだ。
食後もチーズをつまみながら、続けてお酒を楽しんでいるノクトをハルカはぼんやりと見つめる。
ノクトは小さい体をしていながらも、よくお酒を飲む。その割に酔いつぶれることがないのが不思議だった。ハルカがじーっと見ていることに気付いたのか、ノクトが首をかしげる。
「どうかしましたか?」
「いえ、酔わないのかなと思いまして」
「体がぽかぽかはしますけど、顔に出たり思考力が下がる感じはしませんねぇ」
単にお酒に強いのかもしれない。羨ましいけれど、酒をたくさん飲んだ時の酩酊感もハルカは好きだったから、あまり強くなりすぎるというのもどうかなと思った。せっかくだから街についた時に考えていたことも聞いてみようと、ハルカは口を開く。
「師匠って、実はこの旅に目的があったりしませんか?」
ノクトは杯を置いて、ハルカの方をじっと見つめる。口元に指をあてて、少しの間沈黙して答えた。
「ありますよ。ただそれは、ついでにできたらいいかな、としか思っていないです」
「でしたら、その目的を共有しておいてもらえれば、行動の方針にそれを加味することもできるのですが」
「うーん……。なんとなく察してるので、今更隠しても仕方がないことですかぁ。ただ清高派が不穏な動きをしているようだったので、情報を集めておこうかなと。ついでに中立の有力者に話をつけたり、くぎを刺したりできたら儲けもの、くらいなものです。個人的に女王に手を貸してあげようと思っているだけなので、ハルカさんたちに負担を強いるほどのものじゃないんですよねぇ。そうするのなら、もっとたくさんお給金払ってますよ」
「だとすると、師匠としてはヴェルネリ辺境伯には会っておきたいということですか?」
「……ここで肯定すると、ハルカさんって真面目だから、なんとかして会いに行こうとするでしょう?」
ハルカはそれには返事をしない。
相手が喜ぶことをしてあげたいという気持ちはあったが、何か無茶をする気はない。しかしいざ選択肢にそれが入ってきたとき、どうなるか自分でもはっきりと分からなかった。
「どちらにせよ、アルはチフトウィント要塞に行ってみたいようでしたし……」
「それも選択の一つです。僕がやってほしくないのは、自分のためでないことをしたことによる後悔です。それだけはしないように気を付けてくれれば、何も言いませんよぅ」
「後悔は……、しないように頑張ります」
「よろしい。さぁ、皆さん訓練に行ってしまいましたよぉ。僕はここでユーリと晩酌してますからね。ねぇ、ユーリ」
「あい」
半分眠っているユーリが、うとうとしながら適当な返事をする。眠ってしまってもそのままベッドが空を飛んでくれるので、移動も楽々で、ユーリは実に快適な生活を送っている。
ハルカはユーリの頭をそっと撫でて、外にいると思われる仲間たちの下へ向かった。