ヴェルネリ辺境伯領の事情
本日二話目です。
ユーリは前よりもベッドにいることが少し減った。
ハルカに抱っこしてもらい、肩口から身を乗り出して、リュックに括り付けられた大きな卵をじっと観察しているのだ。
たまにぺちぺちと叩いてその固さを確認したり、耳を押し当てようとしたりするので、気を付けないと転げ落ちそうで危なっかしい。
卵がいつ孵るのかわからないが、ユーリのいい友達になりそうだなと、ハルカはその光景を笑顔で眺めていた。
バルバロ侯爵領を北へ北へと歩いていくと、季節は夏に向けて進んでいるというのに、たまに妙に冷たい風が吹いてくることがある。前方に連なる山脈の中腹ほどまでは、まだ雪を被っているのが見えた。
辺境伯領に来るには良い時期だったかもしれない。
真冬になると山から冷たい風が吹きおろし、すっかり雪に閉ざされてしまう地域なのだそうだ。
イーストンと別れて二週間、ヴェルネリ辺境伯領の主都であるフォルスが遠くに見えた。
周囲には小麦畑が広がっており、長閑な雰囲気ではある。しかし高さ十メートルにも及ぼうかという巨大な都市の壁がこの地域が長閑なだけの場所ではないことを示していた。
都市の規模としては他の大領のものよりかなり小さく、壁の外にもたくさんの家が建っている。また、小麦畑を巡回する兵士たちは、他領よりも屈強なものが多いように思えた。
畑で働く人々は、ハルカたちの姿を見てもすっと目をそらして、すぐに自分たちの仕事に戻ってしまうものが多く、やや排他的な雰囲気を感じる。
仲間たちの口数も心なしか少なくなっていたが、年の功なのか特に気にした様子もないのがノクトだ。いつも通り指をフリフリ辺境伯領についての解説をしてくれる。
「ここより北には山脈を挟んでぇ、破壊者の国である【ディグランド】があります。そこに住む破壊者は巨人族と呼ばれる種族です。彼らの大きさはまちまちですが、最大級のもので十メートル以上ある者もいます。ただ国境に接する場所に住む者の多くは、五メートルより小さなものが多いですねぇ。強いものほどえらい、逆を言えば弱いものは何をされても仕方がないというシンプルな価値観を持っているので、行動原理は分かりやすいです。食性は雑食で、人にとどまらず、弱い同族をも喰らいます。きわめて野蛮な種族ですので、皆さん巨人族に会った時には気をつけましょうねぇ」
指を振るのをぴたりと止めたノクトは、一行の先頭に出て振り返ることなく続ける。どんな表情をしているのかハルカたちからは見えない。
「極めて稀なケースとして、話の通じる破壊者がいるというのは知っています。しかし多くの破壊者は攻撃性が強く、仲間という概念すら曖昧です。僕としては、一流の冒険者を目指すのであれば、破壊者と戦闘をすることも一つの経験であると思っています。ただしその時相手と交渉しようとはしない方がいいでしょう。もしするとしたら、必ず相手の生殺与奪権を手に握ってからにしましょう。これは冒険者の先輩としての忠告です。……さて」
ノクトは振り返って、障壁を滑らし地面を進んでいく。その顔はもういつものニコニコ笑顔をしていた。
「ヴェルネリ辺境伯領の主都は確かにここフォルスですが、実はもっと栄えている場所があるんです。その名もチフトウィント要塞。罪人たちが泣いて嫌がる流刑の地、巨人族との最前線です。街に入ったら、その後の行程をどうするかまた相談するとしましょうねぇ。ちなみにヴェルネリ辺境伯は、ここより北、ディグランドの地に侵攻しようとしているらしく、常に最前線の要塞にいるみたいですよぉ」
ハルカが仲間の様子を窺ってみると、アルベルトは既に戦いを想定しているのか、真面目な顔で何か考えている。
コリンはあまり気乗りしないのだろう、うーんと言いながら顎に手を当てている。お金にならなさそうだと判断しているのかもしれない。
モンタナは片手に棒を持って、それをじっと見つめながら歩いている。真剣な顔をしているので、これまた何かを考えているのかもしれない。
巨人たちの国ディグランド。
血なまぐさそうな情報しか出てこないので、ハルカとしてはあまり興味をそそられなかった。冒険者として強くなる努力をすると誓ったものの、争い事に消極的な性格までは直らない。
そもそもノクトを安全に国まで送り届けるという任務の中で、わざわざ敵対国に近づく必要はない気がする。
そう言い訳をしながらも、アルベルトのやる気満々な顔を見てしまうと、その意見を握りつぶすのも悪いような気分になる。
そもそもノクトの話しぶりだと、チフトウィント要塞にハルカたちを行かせたいような口ぶりだった。
ノクトは国を巡るだけと言っていたが、これまで通ってきた主な領主たちには必ず面会をしている。この国や女王に対して思い入れもあるようであったし、口には出さないだけで、ヴェルネリ辺境伯とも顔を合わせたいと思っているのかもしれない。
だとしたらそれを隠さずに伝えてもらえば協力をするのだが、言わないということは、そこまで強く望んでいるわけではないのかもしれないとも思う。
仕事となると多少無理をしなければいけなくなるので、自分たちに強制をしないようにしようと、気を使ってくれているのかもしれない。だとするなら、この辺りで一度ノクトの目的を、きちんと聞いておきたい。
世話をしてくれるばかりで、あまり自分の目的や要望を話さないノクトの背中を、ハルカはじーっと見つめるのであった。
新しい章です。
ちょっと血なまぐさいにおいがするかもしれません。
頑張って書いてくので、評価やブックマークをよろしくお願いします!