またね
「そういえばずっと思っていたんだが、その卵、中型飛竜のものにしても随分でかいな」
別れ際になって、ハルカのカバンにぐるぐるにくくられている卵を見ながら、バルバロが言う。わざわざハルカの後ろに回って観察する目は真剣だ。
「まさかと思うが、大型飛竜の卵か?」
「あ、はい。そのはずです」
「……どこかで売る気なら、今俺に売らないか? 言い値を出すぞ」
ユーリがベッドからわたわたと手を伸ばして、卵をとられまいとしている姿と、コリンが目をお金にしているのが見えて、ハルカは笑った。
「申し訳ないのですが、これは私たちが育てるので」
「そうか……。しかし大型飛竜となると、大きな拠点が必要になるし、飯代も馬鹿にならないぜ?」
バルバロは肩を落として諦めたかに思えたが、すぐにそう続けた。よっぽど欲しいのかもしれない。これからの資金のことを考えれば、帰り道にでももう一度取りに行ってもいいかもしれない。
「この子はユーリと一緒に育てるつもりなので譲りませんが、いつかもう一つとることができたら、その時はよろしくお願いします」
「よし! 約束だぞ。欲しかったんだよなぁ、大型飛竜! つっても手に入れてくるような冒険者の伝手もなかったからな、運がいいぜ」
ぐっと手を握り締めるバルバロと、ぐっと親指を立てるコリン。取りに行くのは大変だけど、双方満足の交渉になった。とはいえこの前の大型飛竜戦は、結構苦労した覚えがあるから、それまでに自分たちももっと強くならなければいけない。
あの山を自由に行き来できるくらいになれば、いざという時の資金調達にも困らないはずだ。
「そういえば……。最近南の公爵家が中型飛竜を高値で買い漁ってると聞くぜ。大きな声で言うことじゃないが、郵便事業を始めるためとは思えねぇんだよなぁ」
バルバロがふと思い出したように顔を顰めてそう言った。
南の公爵家といえば、前王の弟にあたる、王宮を追い出されたという公爵の領地だ。しかもその領土の南は独立商業都市国家プレイヌと国境を接している。何を企んでいるにせよ不穏当な動きには違いない。
「俺の方でも目を光らせておくが、気を付けるに越したことはないと思うぜ」
「中型飛竜ですかぁ」
何か思い当たることでもあるのか、ノクトが空を見上げながら呟いた。その目は細められて、何か深く考えているような表情をしている。ノクトはそのままバルバロに近寄ると、いくつか小声で相談事を始めた。
わざわざ離れたということは、ハルカたちに聞かせるつもりのない話をするということだ。政治色の強い話に、冒険者は深くかかわらない方がいいという配慮かもしれない。
イーストンもそれを察したのか、バルバロから離れてハルカたちの方へ寄ってきた。
「これで本当にお別れだね。君たちの拠点は確か……、オランズだったよね。あそこなら大型飛竜に乗れば二、三日くらいで行けるかな」
「ここからですか? 随分速度が出るんですね、大型飛竜は」
「まぁね。でもさっきバルバロが言っていた通り、食料の確保とかは大変だよ。放し飼いにしておけば勝手に捕まえて食べるけど、そうすると周りに住む人が怖がるからね。子供とかを間違えて食べちゃうと困るし」
「しつけ、とかしないとダメですね」
イーストンは噴き出して笑う。
「しつけかぁ。大型飛竜を小型動物のようにしつけするって聞いたことがないよ。卵から育てたとはいえ、上級の冒険者に匹敵するほどの強さになるからね。どちらかといえば、協力してくれる友人っていうイメージだよ」
「あ、そうですか、それはなんか見当違いのことを言ってしまって恥ずかしいですね」
「いや、ハルカさんならできるんじゃないかな。なにせ真竜の尻尾を掴んで振り回せる人だから。大型飛竜は特に賢いからね。純粋に力で勝てない相手に逆らったりしないと思うよ」
「うーん……。力でしたがわせるっていうのも野蛮な気がしますけど……。ユーリと一緒にいてもらうことを考えたら、やっぱりそういうのも必要かもしれませんねぇ」
ぼんやりとした顔でそんな会話をしているのを見た仲間たちが、周りで笑っていることにハルカは気づかない。
そもそもこの世界の常識として、大型飛竜をペットにするという感性がずれていたし、それを他の動物と同じように躾けるなんていうのは、妄言に等しい。
アルベルト達も大型飛竜の卵を取ると張り切っていたが、いざ取ってからは具体的にどう育てるべきかなんて考えていなかったし、本当にできるのかという不安もあった。
それをユーリと一緒に育てるとさらっと言った上に、しっかり躾けまでする気でいるらしいことが面白かったのだ。
ハルカであれば確かにそれくらい平気な顔をしてやりそうな気がして、想像するとそれもまた面白かった。
そんなことを話していると、大人たちの会話も終わったようで、ノクトがユーリの横に戻ってきた。
イーストンもバルバロの横に戻り、少し目をそらして考えてから口を開いた。
「君たちと出会えてよかったよ。もし一人だったら、もっと厳しい旅になっていたのは間違いないからね。本当に、遊びに来てくれるのなら歓迎する。僕はこの街にいることも多いから、しばらく滞在してくれればきっと会えるからね。もしなかなか来ないようだったら、折を見て僕の方からオランズを訪ねるよ。……こういう挨拶はあまりしたことがないから、なんだか照れるね」
イーストンが少しだけ視線をそらして頬をかいた。
「おう、じゃ、また会おうぜ」
「次の手合わせは僕が勝つですよ」
「あ、次は俺も勝つから」
「君たちそればっかりだよね」
前線組の鼻息荒い言葉にイーストンは苦笑する。
「あ、そういえばイースさん、なんかほしいものとかない? あれば旅の途中で仕入れてくるけど」
「ないよ、あと君もお金の話が好きだよね」
「あ、そういうんじゃないから、今のは本当に親切心だからね!」
「そうなの? じゃあそういうことにしておこうかな」
慌てて弁明するコリン。本当に親切心だったかは本人にしかわからない。
「イースさん、いつかまた一緒に旅をしましょう。実はレジオンに、あなたのことを紹介したい人もいるんです」
「え、レジオンなんて行って大丈夫かなぁ」
「だめそうなら向こうから来てもらいます。きっと喜んで地竜を走らせてきますよ」
「ふぅん、ハルカさんがそう言うのなら信じようかな。なにせ命の恩人だしね」
「癖の強い人ですが、いい人だと思いますよ。……ユーリも挨拶しましょう」
ベッドからユーリを抱き上げて、イーストンと目線を合わせてやる。ユーリの顔が少し歪んで、じっとイーストンを見つめた。
別れが悲しいのだろう。何か言おうとする仕草を見せてから、口を又への字に結んだ。なんだかんだイーストンは、物事にすぐ夢中になってしまう仲間たちより、ユーリによく構ってくれていた。別れは寂しいに決まっている。
「ユーリ、また会おうね」
しわっとして、滅多に見られないユーリの年相応の表情は変わらない。
イーストンは笑いながらユーリの頭を優しくなでて、ゆっくりと話す。
「いいかい、こういう時はね、またねっていうんだよ。次に会う時の約束」
「…………またね」
小さく口を開いてそう言ったユーリは、口を開いた途端ぐずって泣き出してしまった。ハルカとイーストンは目を見合わせて苦笑する。
それだけ別れるのが寂しかったのだと思えば、その泣き声も温かいものにしか見えなかった。
ユーリの泣き声を聞きながら、ハルカたちはゆっくりと街を後にする。ずっとぐずっていたユーリだったが、イーストンから少し距離が離れると、泣きながらも顔を上げて、イーストンに手を振った。
「またねぇぇえ! いーす、またねぇえええ」
見えなくなったあとも、ユーリはしばらく後ろをじっと眺めていた。泣いて大きな声を出して疲れたのか、しばらくするとハルカに抱かれたままうとうとしはじめる。
ハルカは優しくベッドに下ろそうとしたが、ユーリがギュッとハルカのローブを掴んでいて離さない。
抱き上げていて疲れるわけでもなし、ハルカはその日一日、くっつき虫になったユーリを抱っこしたまま、のんびりと道を歩いていくのであった。