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予兆

 茂みから様子を窺うと、薄桃色の障壁の中で、ノクトがお茶をすすっているのが見えた。時折ユーリに話しかけて微笑んでは、ぼーっと障壁を壊そうとしている人たちを眺めている。そこに危機感は全くなく、何かの演目でも見ているような呑気さがあった。

 その姿は縁側の老人さながらである。


「敵は強いでしょうか?」

「戦える連中、ってくらいか? めちゃくちゃ強そうではねぇよな」

「です」

「奇襲できるなら、ハルカの魔法で一気にやったほうがいいな」

「相手の所属がわからないのでまずは囲みます」


 ハルカは真竜の時に使った魔法を思い出す。

 結局狙うより、最初から特定の座標に魔法を生み出す方が、不意打ちをするのであれば効果的だ。

 今まで目立たないようにと思って一般的な魔法を使ってきたが、そんなことを気にするのはやめた。それよりも、自分の力をしっかり制御できるようにしておきたい。


 ハルカはじっと男たちを見つめ、魔法の範囲を定める。

 そうして地面から生えてくるような鉄柵をイメージし、魔法を発動した。


 平野に突然現れた巨大な牢獄が男たちを囲い込むのを確認して、ハルカたちは茂みから飛び出した。


 動揺する男たちをしり目に、ノクトが座ったままハルカたちを見て微笑む。


「おやぁ、お帰りなさい。元気そうで何よりです」

「あ? なんかいったか?」

「ん? ちょっと聞こえないです」


 賊どもが喚き散らしながら鉄柵を叩いているせいで、互いの声が届かない。

 顔を顰めたアルベルトが、閉じ込められた男たちに怒鳴りつける。


「黙ってろ馬鹿ども!」


 牢獄の中から数倍の怒声が戻ってきて、アルベルトは耳を塞ぐ。人数差があるので当然の結果ではあった。

 ハルカはため息をつく。このままでは碌に会話もできない。どうにかしてまずは男たちを黙らせる必要があるようだ。


 ハルカがそんなことを考えていた時である。

 叩かれ続けた鉄柵の一本がゆがみ、そこから抜け出そうとしている男が見えた。ハルカが気が付いたときには既にモンタナが走っており、その隙間から出てくる男の首に向けて短剣を突き付けていた。


 ハルカは眉を顰めてそれを見つめる。

 捕まったというのを相手に認識させるためにあえて牢獄のような造りにしてみたが、それが失敗だったようだ。

 この世界の人は、元の世界の人よりフィジカルが強いことが多い。鉄の棒程度なら、何人かが集まれば平気で折り曲げてくるのだ。認識がまた甘かったのだと、ハルカは反省をする。


 結局これが一番効果的だと、ハルカは鉄柵の中全てを満たす巨大な水球を生み出した。変な二つ名をつけられたせいで、安易に使いたくなかったのだが、制圧に便利なので仕方がない。もがく男たちを眺めながらモンタナに向けて謝罪する。


「すみません、私のミスでした」

「大丈夫です、ちゃんと見てたですから」


 男たちが水の中で脱力するのを確認して、ハルカは魔法を解く。小窓のついた鉄の壁で改めて男たちを囲い込んで、ハルカはようやくノクトとユーリの方を向いて笑いかけた。


「ただいま戻りました。ちゃんと卵を持って帰ってきましたよ。彼らは……、また師匠のお迎えですよね」

「はい、誘拐犯の集団ですよぉ。おそらく賊を装った正規兵でしょう。彼らをどうするかの判断は、皆さんに任せます」


 帰ってきて早々難しいことを言ってくる。

 ハルカは少し考えてから、仲間に話を振った。


「どうするべきだと思います?」

「殺すか」


 面倒そうにそう言ったのはアルベルトだ。多分そんな反応が戻ってくるとは思っていた。ハルカもこの世界のルールとして、それも手段の一つであると、理解はしているので反論はしない。


「正規兵だったら、殺すと後で文句言われるかもですよ」

「でも、殺さなくても後で攻撃されたっていうかも。それに追撃してくる可能性もあるし」

「うーん……、こちらに非を作らず、追撃もされないようにすればいいってことですかね」

「そんなことできるのか?」

「上手く脅せればいいんですよね、やってみます」


 自信があるわけではなかったが、これも経験だ。

 ノクトがいつだか男爵領の兵士を脅かしたのを思い出す。

 これから先、物騒な世界で生きていくことを決めたのだ。ユーリを守っていくことを考えれば、自分もそれくらいのことができるようになっておくべきだと思った。





 この作戦に参加するにあたって、嫌な予兆はいくつかあった。

 まず初めに、大事に育ててきた鉢植えが突然枯れた。初夏になると甘い果実をつけてくれるので、小さなころからずっと育ててきたというのに、何の前触れもなく枯れてしまった。

 その時は悲しかったが、十年以上小さく可愛い花と、美味しい実を楽しませてくれたことに感謝して、寿命だと思い諦めた。


 次に、顔を見たこともなかった上役から任務を受けたときだ。なぜ自分が選ばれたのかが分からなかった。素行が悪かったり、ちょっとパッとしない自分みたいなやつらが集められていたから、まとめて解雇されるのではないかとドキドキしていた。

 しかしなんと極秘任務を任せられるというのだ。

 今考えてみれば怪しさ満点だったが、クビを恐れていた自分は、ほっとする気持ちの方が大きく、普通にそれを受け入れてしまっていた。


 出かける直前になって、昔読んでもらった絵本が床に落ちたのだってそうだ。見開きページの耳まで裂けた口を、血で真っ赤に染めた悪魔がこちらを睨んでいた。そういえばここ数年この絵本を市場であまり見なくなった。気持ちの悪い絵本だったから、それ自体は構わなかったが、出かける直前にこの絵を見てしまい、少し憂鬱な気分にはなった。


 目標を発見し、嫌な気持ちになった。

 幼子に声をかけながらのんびりと食事をしている獣人が見えた。障壁魔法を得意とする魔法使いだという。身元がばれないように捕えろというのも、なんというか怪しい命令だ。

 相手が悪いやつに見えないだけに、余計に気が乗らなかった。悪事に加担させられているような気がする。周りの仲間たちは普段から素行の悪い奴らも多かったから、のりのりで罵声を浴びせているが、自分はそんな気にはなれなかった。

 獣人は障壁魔法を展開したが、これも永続させられるわけではない。

 早くこんな任務終わらせて、家に帰って新しい鉢植えに水をやりたかった。


 大竜峰に突如黒雲がかかり、稲光を走らせた。

 目を奪われて手を止めていると、部隊長に早く障壁を割れとどやされた。

 もう丸一日以上叩いているのに壊れないのだ。そんなに簡単に壊れるのなら苦労していない。


 突如周囲を鉄の檻が囲った。慌てて抜け出そうと、鉄柵の一本に集中して攻撃する。周囲に一緒にいたまじめな奴らと協力して武器を叩きつけ続けていると、ようやく人一人通れるくらいの隙間が空いた。毎日障壁を叩き続けたおかげで、こういう作業が上手になったようだ。土木作業員にでもなれるかもしれない。

 一人の仲間が慌ててその隙間に体を滑り込ませて、すぐに止まった。


 小さな獣人が、仲間の首元すれすれに剣を突き付けていた。仲間が反抗しようと身動ぎした瞬間、切っ先が首に少しめり込んだ。子供の遊びではない。戦い慣れたものの、脅しではない殺意を感じた。

 目の前がゆがみ、何事かと思った瞬間口と鼻に大量の水が入る。

 褐色の肌をしたエルフが、無表情に目を細めて自分たちのことを見つめていた。







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