モテる男
宿へ戻ってくると、宿の前で女性たちが輪を作っているのが見えた。
きゃーきゃー、やいのやいのと言いながら、誰かを囲んでいるのがわかる。
近寄ってみると、真ん中に黒髪が見えて、その中心にいるのが誰だか分かった。
イーストンとハルカの視線が一瞬交差する。すがるような目つきはするものの、イーストンから助けを求められることはなかった。
女性の嫉妬が怖いことは、ラルフの一件でしっかり学んでいる。そのまま宿の中へ入ってしまいたいと思ったのだが、助けを求めてこないイーストンの様が痛々しくて、仕方なく足を止めた。
「モンタナ、イーストンさんを助けてあげてくれませんか? 私が行くとまた恨みを買いそうなので」
「いいですよ。ハルカは中入っててください」
宿へ入りかけてたモンタナは、戻ってきて、ハルカが中に入るのを確認してから、イーストンに声をかけた。
「イースさん、今日あったこと共有したいです、中来れるですか?」
「あ、うん、行くよ。ごめんね、ちょっと通してね」
女性たちが一斉に振り返って、モンタナの方を見て、それからホッとした表情を浮かべた。
モンタナの声は高いから、イーストンをハンティングしようとしていた女性陣が、ニューチャレンジャーの登場かと警戒したのだろう。そうして現れたのが、少年だったから、安心したに違いない。
「なになに、イースさんの仲間ですか? かわいいー」
そうして、モンタナもわっと集団の中に飲み込まれた。その光景は巨大な化け物に人が丸のみにされるような、そんな恐ろしさがあった。イーストンの頭は見えているが、もはや背の低いモンタナはその片鱗も見えなくなった。
えらいことになってしまった。ハルカは宿の中で困った困ったと、その身を小さくした。
流石にこれを知らんぷりして、中に隠れ続けるのには罪悪感があった。アルベルトが帰ってくればいいのだけれど、と首を伸ばして通りを眺めてみたが、その姿は見つけられない。
ハルカは大きく息を吸うと、意を決してその身を外へと出した。
「あの、すみません。そちらの二人に用事があるのですが」
ハルカが女性にしては低い声を少し張って、集団に投げかけた。
モンタナの時と同じように、女性が一斉に振り返った。先ほど見ており構えていたので、後ずさるようなことはなかったが、そうでなかったら怪しいところだ。ハルカはわずかに表情をこわばらせて、女性たちの視線を迎え撃った。
一方で二人をもみくちゃにしていた女性たちは、突然後ろに現れた不機嫌そうな声と表情をしたダークエルフに怯んでいた。ライバルの登場かと思い牽制しようと振り返って目に飛び込んできたが、見たことのないような美人だったからだ。
どちらも動きが取れなくなり、その間にしばしの沈黙が流れる。
緊張したままのハルカが、先に口を開いた。
「ですので、そちらの二人を解放していただきたいのですが」
女性陣の隙間から、すぽっとモンタナが姿を現して、ハルカの後ろにさっと隠れた。何も言わない女性陣に、イーストンも囲いの中から声をかける。
「えーっと……、悪いんだけど、通るね、ごめんね?」
イーストンが輪を抜けて、宿の中に入っていく。モンタナもその後に続いて宿の中へ消えていった。
逃げ出すタイミングを見失ったハルカと女性たちが見つめ合う。
「……それじゃあ、そういうことで」
そう言って背中を向けても、女性たちから声はかからなかった。
それが逆に怖い。
道端を歩いていた時に理不尽に頬を張られた記憶が、ハルカを臆病にさせていた。肉体的に絶対傷つかないとしても、泥棒猫と罵られるのはなんだか心に響くのだ。
今外に集まっているのは、今日イーストンを見つけて、見た目が好みで集まっていただけの集団だ。自分より強そうで、美人な相手が出てきたら、それに噛みつくほどの気概はない。
ハルカはすっかり女性不信気味になっていたから、そのことに気が付くことはなかった。
宿のテーブルを囲んで、ようやく気を抜いた三人は、それぞれ息を吐いて項垂れた。イーストンはよく知らない女性に囲まれてへとへとで、モンタナももみくちゃにされてぐったりだったし、ハルカも無駄に緊張して疲れてしまった。
「いったいなぜあんなことに……」
「ごめんね。通りで暴れてる人がいたから、取り押さえたら、女性たちに囲まれちゃって……」
「あ、そうですか、人助けなら仕方がないですね」
「です……」
イーストンは首を少し傾けて、だらりとした姿勢のまま話す。
「多分ねぇ、昨日の薬をやっている人だね。錯乱していて、話もろくに通じなかったよ。取り押さえてしばらくしたら、自分で地面に頭をぶつけて気を失っちゃったんだ。強い弱い以前に、なんだか怖かったね。ああいう人が大量に出てくるのを防げたのだと思えば、昨日やったことは良いことだったんだと思うよ」
「そこまでになるんですか……。てっきり酩酊する程度なのかと思っていましたけれど。随分危ない薬だったんですね」
「多分ね。あの薬が広がらないように、僕たちも侯爵に呼び出されることがあれば、情報を貰っておいた方がいいかもしれないよね」
イーストンはテーブルに肘をついて、唇に手を当てながら考えこんだ。実に画になる光景で、確かに女性たちが放っておかないのもわかる気がする。
とはいえハルカにとって、イーストンは友人の一人でしかない。イーストンのその端正な見た目に持つ感想は、かっこよくて羨ましいなぁくらいのものであった。