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私の心はおじさんである【書籍漫画発売中!】  作者: 嶋野夕陽
デルマン侯爵領エレクトラム
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一時釈放

 まさかこの状態から襲われるとも思わないが、だからと言って緊張を解いていい理由もない。

 忙しそうに家の中を歩き回る兵士を見つめること十数分。「もう帰ろうぜ」と言い始めたアルベルトに、そろそろ同意してしまおうかと思った頃、ようやく後始末とやらは終わったようだった。


 アルベルトの態度に相当腹を立てていた兵長らしき人物が、数人の仲間を引き連れて、ハルカ達の前までやってくる。


「待たせたな。ここを制圧して【獅子噛み】を倒したのはお前たちで間違いないな?」

「だったらなんだよ」

「……そう噛みつくな。先ほどはこちらも気が立っていたんだ」


 謝罪の言葉こそなかったが、先ほどの高圧的な態度は鳴りを潜めていた。

 それでも兵士と冒険者の間には、明確な階級意識のようなものがありそうだ。威圧するようではないが、見下すような雰囲気があった。

 侯爵家の兵士をまとめる立場だと思えば、ある程度の身分を持っているのだろう。そう考えれば仕方のないことではないかと、ハルカは自分を納得させた。


 チラリと横を見てみれば、アルベルトは相変わらずむすっとした顔をしていた。


 アルベルトは独立商業都市プレイヌ出身の、冒険者の息子だ。

 あの国には王侯貴族が存在せず、その身の強さと才覚こそが重要視される。


 これまで身分の差を意識してきたことが、あまりないのかもしれない。


 ただ兵士たちからしてみれば、冒険者というのは、兵士のなりそこないだ。まともな職業につかずに、自由をうたってその日ぐらしをしている連中、くらいにしか思っていない。


 どちらの考えもなんとなく読めるのであるが、それだけに二人が歩み寄れそうにないこともわかる。これ以上余計な争いになる前に、ハルカは間に割り込んだ。


「お話があるのでしたら私がうかがいます。そちらの方を倒したのは確かに私たちです。それに対してなにか咎がありますか? それとも他にお話があるのでしょうか」

「いや、この場で伝えることは特にない。だが、後日呼び出しをする可能性がある。そのため、街から出ず待機をするように」

「それにはどれくらいかかりますか?」

「……数日中には決まるのではないか?」

「ではもし出向く必要がないとわかった場合も、すぐに連絡をください。私たちは仕事の途中ですので、長い逗留を強制されるわけにはいきません」

「注文の多い奴だな……」


 眉を顰めてそう言った兵士を見て、ハルカは少し考える。

 アルベルトではないが、兵士の態度はあまり見ていて気持ちのいいものではない。自分たちは契約を受けて働く冒険者なのだ。それと関係ないところにぺこぺこと頭を下げる必要はあるのだろうか。

 段々とヒートアップしていく自分に気付き、ハルカは首を横に振った。争いを避けようと間に入っておいて、一体何をしているのだろう。これでは交渉役を変わった意味がない。


「そちらからこれ以上の用事がなければ、私たちは宿へ戻ります。よろしいでしょうか?」

「構わん。宿の場所だけ確認させろ」


 面倒そうに早口で告げる兵士に、ハルカは宿の位置を細かに説明してやった。

 それが終わるやいなや、アルベルトが兵士の間をぬって歩き出したので、ハルカたちも慌ててそれに続く。


 そのままの勢いで門の前で、家の中を覗き込んでいたウェストと合流し、メイジーを引き渡した。ウェストはハルカたちの方を窺って、しかめ面のまま話しかけてくる。


「中で兵たちに妙なことはされなかったか?」

「大丈夫でしたよ」

「雰囲気はあんまりよくなかったけどねー」

「兵士なんてあんなもんだろう。続きは明日聞かせてくれ」


 ウェストもメイジーも、何かを話したそうにしていたが、妙にいらいらしているアルベルトを見て、長話をするのはやめたらしい。

 その場で彼らと別れて、仲間たちと一緒に宿へ戻る。


 道中イーストンが、珍しくアルベルトに話しかけた。


「どうして君はそんなにイライラしているんだい?」

「……わっかんねぇ。最初はただあいつらが偉そうだからムカついてた。でも途中からは、【獅子噛み】を蹴ってひっくり返したのに腹が立ってた」

「確かに……」


 横を歩いていたモンタナが、珍しく会話に割って入る。


「苦労して倒した強敵がぞんざいに扱われるのは、気分が悪かったです」


 イーストンは顎に手を当てて考えてから、返事をした。


「ああ、そうか。冒険者っていうのは、強い人を尊敬するんだね」

「そりゃそうだろ。強いってことは、努力したってことだ。……ああ、そうか。俺、自分より強い奴が、死んだ後にあんなふうに扱われたのが気に食わなかったのか」


 ハルカにとっては耳の痛い話だ。

 声に出して言うわけではないが、ずるみたいなこの身体は、その一般論には当てはまらない。


「その感覚は、正面から剣を交えたからこそ持ったものかもね」

「だな。まぁ、多分、俺はあいつのことは忘れねぇよ。……すぐにあいつより強くなってやるけどな。おい、帰ったら訓練付き合えよ」


 アルベルトは憑き物が落ちたかのように、すっきりした顔をして、イーストンの肩を乱暴にたたいた。


「えぇ……、今日は疲れたんだけど」

「疲れた時こそ訓練したほうがいいんだって。あ、そうだ。モンタナとイース対俺で訓練するぞ。多対一の訓練だ」

「ちゃんとあてていいです?」

「おう、じゃないと訓練にならねーからな! ハルカ、治癒を頼むぞ」

「いいですけど……。あまり無茶したらダメですからね」

「よし、そうと決まったらさっさと帰るぞ。ほら、急げ急げ」


 急に大股で、はねるように歩き出したアルベルトが、周りを急かす。

 今までぶすっとした顔をして、だらだら歩いていたのが噓のような豹変ぶりだった。





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― 新着の感想 ―
[一言] ドラマや映画でも人の死体を足でひっくり返しているのは第三者からすれば生きているのか?死んでいるのか?わからないのと警戒や武術における残心の意味があるのでしょうね。それでも手で丁寧に扱い敬意を…
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