中級冒険者
ハルカはご機嫌に食堂へ向かっていた。
冒険者登録をしてから早3か月。その間は所謂下積みと言われるような仕事を毎日こなし、日銭を稼いでいた。
初日の一件のあと、皆で依頼ボードと睨めっこして分かったことなのだが、十級冒険者が受けることができる依頼に冒険者らしい依頼は存在しない。これはあくまでアルベルトの視点からの評価ではあったが、つまりどういうことかというと、心躍る冒険となりそうな依頼は存在しないということだ。
戦闘が発生するような依頼が出始めるのは七級冒険者辺りからであった。逆に言うと、戦わなくても毎日生活していくくらいのお金は手に入るということだ。ハルカにしてみれば、戦わずに暮らしていけるのであれば、別にこのままでも構わないくらいだ。
十級冒険者に限らず、下級の冒険者というのは雑用係なのだ。信用できる奴なのか、役立ちそうな奴なのか、どんな方面なら役立つのか、そんなことを見分ける期間でもある。
逆に言えば、信用を得ることができて役に立てる人物なら、あっという間に階級が上がっていく。使える人間をわざわざ現場にとどめ続けるのは無駄だ。ある意味この国らしく、そして冒険者や商人らしいシステムが構築されている。
依頼主による評価システムは、優・良・可の3段階評価に分かれており、その結果が冒険者ギルドに蓄積されていく。ちなみに依頼失敗も含めるなら4段階になるが、そんなことはめったに起こらない。
この評価は依頼達成後に冒険者本人も知ることができる。これに対して妙な抗議をギルドや依頼主にするようであると、やはりギルドからの評価は下がる。ただ、冒険者も評価を知ることができるので、それが不当に低いと噂が立つ依頼主からの依頼は、冒険者から人気がなくなり、引き受け手がいなくなるというシステムだ。
ハルカは頑張った。仕事をすると評価され、その結果を知ることができる。毎日ただ無味に、自分が本当に役立っているのかもわからぬまま淡々と働き続けた前の世界と比べると、このシステムは頑張った分だけわかりやすく結果が出るので実に楽しかった。
また、ハルカの身体はその細さに似合わずに頑健で、力強かった。
これも若さのおかげだ、と毎日感動しながら働いていたのであるが、ある日エリと話している中で、そうでないことが判明した。
「ハルカの身体強化ってすごいわよねー、羨ましいわ。魔法も身体強化も自由に使えるなんてずるいわよ」
「なんですかそれ?」
「え、無意識でやってるの? たまにそういう人いるらしいけど……」
冗談よねと尋ねるエリに、真顔で首を振ったハルカにエリは表情をこわばらせて、身体強化について説明してくれた。
魔素を体に通すこと、ため込むことが上手になると肉体のスペックが大幅に引き上げられる。それを総称して身体強化魔法、と呼ぶそうだ。本来それは戦いの中で得ていく経験であったり、特殊な訓練をつんだりする中で上手になっていくものらしいのだが、ハルカの身体は異様に高レベルでそれを行なっているらしい。
実は自分のことながら、若いだけでは済まない体の能力に、違和感は覚えていた。しかし、若いときってこんなもんだったかもなぁと、思い出を変に美化しすぎていたせいで自分の力の異様さにはっきりとは気付けなかった。また、周りにいる冒険者たちも、元の世界に比べると機敏で力強いものが多かったため、基準をどこに置いたらいいかわからなかったというのもハルカを鈍感にした理由の一つだった。
いったいどういう理屈で自身の身体が強靭になっているかは理解したものの、それをどうやって行なっているかがわからない。無意識に行っているということは、いつの間にか使えなくなっている可能性もあるということだ。何かの拍子にそうなるのは怖かった。しかし一向にその傾向が見られないため、自分の身体はこれが通常なのだろうと無理やり納得して、その心配を忘れるようにしていた。心配事が多いと胃が痛くなる、おじさんの胃腸は弱いのだ。
一流の冒険者になると大抵はこの身体強化を行なっているらしいのだが、それが苦手なものもいるらしい。一定の水準までは訓練によって至ることができるらしいのだが、人間の動きの限界を超えるあたりまで来ると才能の問題になってくるそうだ。
第一線で戦闘をするような冒険者たちは、その限界を平気で超えてくるという話を聞いて、ハルカは増々上位の冒険者を恐れるようになっていた。
逆に言うと、その才能があるか、多彩な魔法を使えない限り、一級冒険者に到達することはほぼ不可能と言われている。残酷な世界である。
例を挙げると、ラルフがそれらしい。
飄々とした様子で冒険者をしているラルフであったが、彼にもきっと悩みがあるに違いなかった。
ちなみにどのくらい強靭になっているかというと、石を握って、ちょいっと力を入れると粉々にすることができるくらいだ。耐久力で言うと、包丁で指をがっつり切りそうになっても、傷一つつかなかった。
ハルカは、それでも胸がやわらかいのは神秘だなぁ、とかしょうもないことを思うぐらいで、あまり深く考察したりはしなかった。
ハルカは大概の仕事は器用にこなす。
義務教育を受けていたものだから、四則演算は当然できる。長く仕事現場にいたため、効率の良い作業法を思いつくこともできる。部下を持っていたので、一緒に働いていた者達へのフォローも卒なくこなす。
現場でワーワー騒ぐデニス・ドミニク・ローマンもハルカの言うことは聞くし、それを見た屈強でちょっと頭が足りない連中が、ふんふんと話を聞くものだから、現場の作業速度が過去に類を見ないほど早くなる。
初めの頃は、珍しいダークエルフで、美人で、不愛想で、階級の高い冒険者に何故か気にされている、色物な奴として注目を受けていたハルカであったが、気づけばオランズ最速の五級冒険者到達という偉業を成し遂げていた。
今では街にはすっかり馴染みの商人たちが溢れ、何かと勧誘されるようになっていた。工房を構えるような親方連中にも気に入られ、ハルカはオランズのマスコット的な存在になっていた。
エリに借りていたお金もすでに返却し終え、普通に暮らしていくには十分な賃金を得ることもできている。
そして本日ついに五級冒険者達成だ。何もかもが順調だった。機嫌もよくなるというものである。
珍しく鼻歌なんかを歌いつつ食堂にたどり着いた、パーティのメンバーを探す。
食堂のいつもの席では、アルベルトがべったりとテーブルに身を乗り出し、コリンが笑いながらその背中をたたき、モンタナが相変わらず石を削っていた。
「私が一番遅かったみたいですね、お待たせしました」
「ううん、五級達成おめでとう、ご飯頼んどいたよー?」
「いつもより豪華です、お肉です」
モンタナが自分の前にある大きな肉の塊を前に差し出して、胸をはっている。彼もまたハルカの昇級を祝っているようだった。
二人の和やかな様子と違うのはアルベルトだ。ぐぅとかぬぅとか言いながらテーブルにはいつくばっており、やがてじわじわと体を起こすと、腕を天に伸ばし大きな声でこう言った。
「思ってたのと違う!!」
実はこの叫び、今日に始まったものではない、10日くらいごとに聞かれる、アルベルトの魂の叫びであった。
「俺は冒険したいんだ! 土木作業面白くない! 冒険してないじゃん! 冒険してないじゃん! 俺らただの作業員じゃん! 下働きじゃん!」
「はい、でも下働きも立派な社会の一員ですよ」
まじめな顔でハルカがそう答えると、アルベルトは自分の頭をかきむしった。
「俺、冒険がしたくて、冒険者になったんだよ! なんで普通に働かなきゃいけねえんだ!」
立ち上がってハルカを指さして、地団太を踏む。完全に子供だった。
「元からわかってたことじゃない、普段からちゃんと話聞いてないから一人だけ出遅れるのよ」
商人の娘であるコリンは要領がいい。また、商人周りに顔が利くらしく、いつの間にか七級冒険者にまで上がっていた。
「お子様です」
目をまん丸くしたモンタナは、アルベルトの行動を見てそう言った。実はモンタナの方がアルベルトとコリンより1歳年上の15歳であることが分かったのは、つい最近のことだ。それからモンタナは少しお兄さんぶるところがあって、実にかわいらしい。ハルカはモンタナがそうした態度をとるのをいつも微笑ましく見守っていた。
そんなモンタナも、工房系の依頼を重点的に受けており、親方連中からの評価が非常に高く、気づけばもうすぐ六級冒険者というところまで来ていた。
優秀な仲間たちだ。
そんな中出遅れているのはアルベルトだった。彼は戦闘能力こそ高いようだったが、逆に言うとそれ以外は体力ぐらいしか自慢できるものがない。普通に仕事を毎日こなして、普通に評価され、今は普通に八級冒険者だった。特別昇級が遅いわけではなかったが、冒険者らしい冒険者にあこがれて登録したアルベルトにとってはじれったくてしょうがなかったようで、たまにこうして感情を爆発させている。
「そんなアルに朗報があります」
ハルカが人差し指を立ててそう言った。
座り込んだアルベルトが視線だけを向けて、すねたようにしながら先を促す。拗ねながらもちゃんと話を聞くのがアルベルトの素直でかわいらしいところだ。
「五級冒険者と一緒にパーティを組んでいる場合、階級が少し上の依頼を受けることができるようになります」
アルベルトはピンとこないようで、眉根にしわを寄せて、首を傾げた。
ハルカは少し考えて、言い方を変える。直接的な表現のほうがいいようだ。
「つまり、明日から私とパーティを組んでいれば、アルも七級の討伐依頼を受けることができる、ということです」
アルベルトがばんっ、とテーブルをたたき、目をキラキラさせながら立ち上がった。ここ最近ストレスをためっぱなしだったアルベルトにとっては大ニュースだ。
「ホントか?!」
「ええ、本当です。明日良さそうなのを見繕いましょう」
「よっしゃよっしゃよっしゃ、ちょっと俺依頼見てくる!」
「あ、待ちなさいよ!」
アルベルトはコリンが引き留めるのを聞かずに、あっという間に食堂から出ていってしまった。ハルカは微笑みながら彼の後姿を見送った。喜んでもらえて何よりである。
「まったく、昇級祝いだって言ってんじゃない」
「あれだけ喜んでくれるなら、頑張って昇級した甲斐がありました」
「お子様です」
コリンとハルカがそんなことを話していると、さっきと同じことを言ったモンタナもそわそわした様子で立ち上がった。
「あれ、モン君どうしたの?」
「お肉、食べていいです、お子様の様子見てくるです、心配なので」
モンタナは尻尾をふりふりと、リズムよく楽しそうに振りながら、最初は早歩きで、徐々に小走りになってあっという間にアルベルトの後を消えていった。どうやらアルベルトに合わせて討伐系の依頼を受けていなかったモンタナも、明日から解禁だと聞いてワクワクを抑えきれなくなったようであった。
「ったく、男ってなんでこう子供なのかな!」
「…コリンも見に行きたければ行ってもいいですよ?」
「いいの、私はハルカのお祝いするんだから!あいつら戻ってくる前に全部食べてやる」
猛然と食事を始めたコリンを見て、ハルカは人にはわからない程度に、小さく小さく笑った。
実はハルカもここに来る前に、こっそり一人で七級相当の依頼をじっくり覗いてきたというのは、コリンには秘密にしておくことにした。