ウェストの守るもの
冒険者ギルドは今日も雑多な人であふれていた。
依頼を探す者、併設された食堂で食事をする者、飲んだくれる者。
ただその中で武器を携えている者は、ほんの一握り。さらに言えばハルカ達のように洗練された雰囲気を持っている者は誰一人としていなかった。
その日を生き、暮らすだけの人々。
ウェストの目には、ここがどこにも生きる場所がない人々の掃きだめのように映った。目に輝きはなく、ぼろきれのような服を纏っている者も多い。
食堂の端に目を向けてみれば、恐らく薬をやっていると思われる者すら目に入った。
運がよかった。
これ以上のんびりと構えていると、いつメイジーが死んでしまうかわからない。
ウェストは先代の右腕だった。その見た目に反して、暴力よりも頭脳で成り上がってきた実績がある。
既に先代も後継者であるその息子も亡くなったことは、大方調べがついていた。それでも確実ではない不幸な情報であったから、それをメイジーに伝えることは避けていた。
そうこうしているうちに、お転婆なメイジーが勝手にいろいろと嗅ぎまわって、既に自分が持っているものと、同じくらいの情報を手に入れてしまったことにも、気づいていた。
一時期からやたらと配下を連れて街を出歩くようになったのは、責任感からか、恨みからか。
どちらにせよ、相手方にもそれは伝わっていて、ついには今日のような襲撃を許してしまっていた。
今日襲撃してきた連中は、元々スコット家の酒造所で見たことのある顔ぶれだった。薬に溺れて勤務態度が悪化したため、馘首にした者たちだ。言い訳にしかならないが、それもあってか、配下たちの動きは芳しくなかった。
メイジーには襲撃者のことはまだ伝えることができていない。ウェストはギルドの外にでて、大きなため息をついた。
一緒に連れてきた配下の者が、ウェストの様子窺いをして、街ゆく人が、それを見てささっと道を空ける。
無駄に通行人を怖がらせてしまったことに、更に険しい表情になりながら、ウェストは道の真ん中を歩いた。
先代が伯爵領へ行くのにつれていった兵隊たちは皆武闘派だった。今だって彼らがいれば、冒険者になんか大金を払わなくても良かったかもしれない。
しかしその武闘派が、裏切り者のくそ野郎を除いて、誰一人として帰ってきていないのだ。間違いなく異常事態だった。
軍隊規模の何かが、裏で動いているに違いない。
今回特別強そうな冒険者に出会えたことは本当に運がよかった。
もし失敗したとしても、メイジーだけは守れるように、こっそりついていかなければいけない。
自分たちが大規模に動き失敗したことが伝われば、何故か動きの鈍い領主も、流石に腰を上げざるを得なくなるはずだ。
どう転んでも家を、先代の忘れ形見を守らなければいけない。
それがスコット家に大恩のあるウェストの決意だった。
屋敷の部屋の前に戻ると、明るい話し声が聞こえてきた。
メイジーがこんな風に無邪気に笑って話すのは久々だった。
最近ではふさぎ込んで、何か思いつめたような顔をしていることが多かったのだ。年を考えれば、どうにかしてやりたいという気持ちもあったが、家のことを考えると、そうも言っていられなかった。
扉を開けると、けらけらと無邪気に笑うメイジーの姿が目に移り、余計に罪悪感を覚えた。
ウェストが戻ったことに気付くと、部屋の中の会話がぴたりと一度やむ。
コリンが歩いてきて、ウェストから契約書を受け取り、内容をあらためた。
二度三度と上下に目を通す視線は真剣で、急にその顔が大人びて見える。
メイジーの治療をするためにウェストたちの方へ突っ込んできたときもそうだったが、妙な威圧感を放つ時がある。まるで同業者のようなそれに、荒事に慣れているはずのウェストが少し気圧される。
普通にしてれば年相応の、とっつき易く気のいい若者たちに見えるのに、その豹変ぶりが、この街の冒険者達との決定的な差を示していた。一見甘っちょろそうに思える魔法使いの女と、存在感を消している黒髪の男、それに先々代の友人を名乗る終始笑顔の獣人に関しては、底が知れず、一層不気味だった。
「はい、大丈夫でーす!」
一通り確認し終えたのか、明るい口調で契約書を返される。
入れ替わるように魔法使いの女性が前に出て、ウェストに確認をしてきた。
「話はメイジーさんから聞いています。敵の拠点と思われる場所も彼女がご存知のようでした。一つ確認したいのですが、先ほどの襲撃は相手方の手によるものですか?」
「恐らくそうだろう。襲撃者は皆薬を使っていた」
「わかりました。では今から作戦を開始すれば、あちらの首脳陣を捕まえられるかもしれませんね。襲撃の成否を確認して、次の手を打つ話をするでしょうから。ウェストさんはどう思われますか?」
「任せる」
「それから一つ確認なのですが、相手方を殲滅したとして、その後始末……、つまり罪に問われるようなことはありませんよね?」
「問題ない。契約書にその旨も記載されている。相手方がこの街から撤退しさえすれば、話のつけようはいくらでもある。失敗した場合の補償はできんが、そもそも失敗して命がある依頼ではないからな」
そのハルカと呼ばれる、褐色の肌をしたエルフはすっと目を細め、しばしの間ウェストを見つめて沈黙した。ウェストは自分の心中を量られているような気がして、目をそらしたくなるのを辛うじて堪える。
ハルカが目を伏せて頷くのを見て、内心ほっとする。
「では早速行ってきます。できるだけ生かして捕らえるので、その後のことはお任せします」
ぴりっとした緊張感がウェストに伝播する。
ハルカのわずかに弧を描いた唇は、自らを励ますための強がりでしかなかったが、後ろめたさのあるウェストにとっては、冷たく不気味なものに映っていた。