契約はギルドを通してね
全員が連れ立って元の部屋へ戻っていくと、廊下の向こうからウェストが歩いてきて合流することができた。
依頼を受ける話をすると、ウェストの眉間に寄った皴が少し薄くなった。出会ったときと変わらない仏頂面ではあるが、皴の数でわずかではあるが機嫌の良し悪しがわかる。
せっかく良くなった機嫌だったが、メイジーが一緒に乗り込もうとしている話を聞いた瞬間に、皴の深さが過去最高を記録した。
目じりがぴくぴくと痙攣し、額の青筋が浮き上がる。
「この話を飲まないなら、この依頼を出すことは許さん!」
「と、そういう話なので、実務を担当してそうなウェストさんの所まで話を持ってきたんですよー」
ニコニコ笑顔で補足説明をするのはコリンだ。お金の話が目の前に転がってくると、大男の怒りもなんのそのだ。続けてコリンは相手がさらに怒り出しそうなことを提案する。
「依頼料を上乗せしてくれたら、ボスのことも守りながら依頼をこなしますよ? ねっ、ノクトさん。ノクトさんが受けてほしいって言った依頼ですもんね、それくらいしてくれますよね?」
「えぇ、まぁ、構いませんよ」
ノクトにしてみれば一人守ろうが二人守ろうが、さほど労力は変わらない。普段であれば『訓練にならないのであなた達で』と言いだしそうなものだが、今回はノクトにも負い目がある。コリンは敵味方両方の弱点を上手に利用してお金を稼ぐ気満々だった。
チームのお財布担当は実に周到で頼りになる。
コリンのおかげで、遠征を始めてから随分お金がたまってきているはずだ。
報酬をチームの共有財産としているので、何か買い物をするときはコリンにお小遣いをもらう制度になっている。その度にきっちり収支を付けているので、見せてもらえば今貯まっている額は一発でわかる。
コリンのことは信頼しているため、いちいち確認していない。そのため今いったいいくら貯まっているのかがわからない。
なんとなく今までの報酬だけを雑に計算してみると、換金物も合わせれば、金貨で三百枚近くになっているはずだ。金貨一枚を元の世界の価値で計算すると、おおよそ十万から三十万くらい。間を取って二十万円と計算しても、六千万円だ。結構な豪邸を買える値段になる。
四人で分けても一人当たりの収入が千五百万円。
半年程度でこれだけ稼いだと考えると、かなりの高所得者だ。
しかし命のかかる依頼も多くあると考えれば、決して高い報酬ではないのかもしれない。体が資本の商売だから、大きなけがや病気をすればそれ以降稼ぐこともできない。
持っていそうなところから、積極的に報酬を釣り上げていくことも、冒険者にとっては大事なことなのかもしれない。
ハルカはそういった交渉が得意でなかったので、仲間にコリンがいて本当に良かったと思う。怖い顔をした大男に相対して、こんなにウキウキで交渉を持ち出せるというのは、天性の才覚だろう。
「……ボス、余分に金が取られるので行くのはやめてください」
「絶対に行く」
ウェストはぎりぎりと音が鳴るほどに歯を食いしばって、その隙間から漏れるようにため息をついた。
「どうしてもですか?」
「どうしてもだ」
「……護衛を頼む。十枚上乗せする」
「ボスの命の値段が十枚でいいんですか?」
「五十枚! これ以上は出さん!!」
コリンの煽るような言葉に、ウェストが顔を真っ赤にして叫んだ。これでコリンも流石に満足だろう。というかここらで引いておかないとウェストの額の血管がブチっと切れてしまいそうだった。
「では契約しましょう。依頼書にその通りの条件を書き込んでください。書き終わったら、冒険者ギルドに出してきてくださいね? あ、その時手数料が若干かかりますので気をつけてください」
コリンならいつ受付嬢に転職してもやっていけそうだ。ウェストが椅子に腰掛け広い背中を小さくしながらそれに条件を書き込んでいく。
出会ってからの様子を見ていると、いつも苦労をしているのだろう。あの眉間の皺はその苦労の証に違いなかった。
「あ、そうだ。そちらのボスの治療代なんですけど」
「……あとで支払う。頭が痛くなってきたから、依頼達成時まで待ってくれ」
「はーい」
万年筆がばきりと折れたのを見て、コリンが流石に身をひいた。支払うと約束をしてくれたので、それで十分と言ったところだろう。
しばらく室内に万年筆を走らせる音だけが響く。
カタリと音を立ててペンが置かれ、コリンに契約書が差し出される。それを上から下まで三度確認して、ウェストに返した。
「では、これを冒険者ギルドに出してきてください。で、冒険者ギルドの印をもらったら、その契約書を持って帰ってきてください。全部確認できたら依頼の話を詳しく聞きまーす」
「……わかった。でかい話だから俺が直接行ってくる。お前らはボスから詳しい話を聞いておいてくれ。帰ってきてわからないことがあれば俺が補完する」
ウェストは大きなため息をついて契約書を持って立ち上がった。こめかみを揉みながら、早足で扉から出ていく姿を見るに、一度この場から離れて気持ちを立て直したかったのかもしれない。
「うるさいのもいなくなった、寛いでくれ。俺がわかってることを話すからな」
メイジーがソファに体をどかっと投げ出して、ニカっと歯を見せて笑った。