受諾
ごついデスクと立派な椅子、分厚い本が収められた本棚だけで構成された部屋に案内され、メイジーがその椅子に身を投げた。いい椅子をたくさん持っているせいなのか、どすんと腰を下ろすのが癖になっているようだ。
「ウェストが勝手に話を進めやがったが、あんたらはどうなんだ。あんなごついやつに迫られたら、断るのも難しいだろ。嫌なら嫌って言ってくれ」
メイジーはハルカ達のことを勘違いしているらしい。ウェストにおびえて依頼を受けようとしている可能性を考慮したのだろう。てっきり冒険者と説明すればわかってもらえると思っていたが、ピンと来ていないのはお国柄というやつなのだろう。口調が乱暴な割に随分と優しい。
「というか、お前らって強いのか? ウェストが期待するほどの働きができるのかよ」
「少なくともお前のとこの奴らよりは強いだろうぜ。依頼は……、おい、どうすんだよハルカ」
声をかけられてハルカは振り返る。
モンタナが本棚のほうまで歩いていって、不審な行動をしているから、気になってそちらを見ていた。首をかしげて本棚の背表紙をコンコンと叩いたりしている。
「ええっと、はい。師匠のこともありますし、私は前向きに考えています。アルこそどうなんですか?」
「俺はどっちでもいい。反対のやつはいねーのか?」
「僕は部外者だから、そっちで決めてね」
アルベルトがぐるっと見回すが、反対の声は上がらない。すでに巻き込まれているのに、話の外にいようとするイーストンが口をはさんだくらいだ。
「じゃあ受けるか。ノクトが話聞けとか言うから受けるんだ。当然ユーリのことは守ってくれるんだろ?」
「はいはい、いいですよぉ。今回も大人しくお守りしてますから、皆さんで手伝ってあげてくださいねぇ」
思ったとおりの方向へ話が進みそうでノクトはご機嫌だ。
ハルカ達の返答を聞いて、メイジーが立ち上がって胸をそらし、腰に手を当てた。
「よし分かった。それじゃあ俺と一緒に敵陣に乗り込むぞ! 客人だけに働かせるわけにはいかないからな! スコット家の長は、常に前線で戦うんだ」
アルベルトが顔を顰めて、ノクトがふへへと笑う。今回に限り、ノクトの判断力はあまりあてにならなさそうだ。なぜだかメイジーに対して異常に甘い。
意気軒昂に拳を突き出すメイジーを説得するのは骨が折れそうだ。どう説得したものかと思っていると、カチャンと本棚から音がした。
振り返ると、モンタナが一冊の本の背表紙を、引っ張ったり戻したりしている。その度にカチャンカチャンと音が鳴っているようだ。よく見れば並べられた本はどれも新品のようにきれいで、モンタナがいじっているものだけが少し汚れていた。
「隠し扉見つけたです」
「あ、おい、勝手に触るな!」
慌てたメイジーがモンタナと本棚の間に滑り込む。
何か秘密があるようだ。モンタナはちらっとメイジーを見て、背表紙から指を離した。
ノクトが笑う。
「モン君、そこはねぇ、秘密基地だから勝手に入っちゃだめですよ」
「お前、なんでそんなこと知ってるんだ?」
「ええ、だってここを作ったとき、僕も一緒にいましたからねぇ」
「おいおい、何言ってんだ。お前俺と同じくらいの年だろ?」
「あれぇ、まだそう思われたんですか……。僕は年下の、手間のかかる友人であるトムに会いに来たんですよ? 先ほどあなたが話していたじゃないですか」
「おいおい、冗談きついぜ。なんとか言ってやれって、あんたらも」
ハルカとイーストンの方を見てそう言ってきたのは、恐らくその二人が大人に見えるからだろう。イーストンは肩を一度竦めて瞑目してしまったので、ハルカにお鉢が回ってくる。
「ええ、師匠はおそらく本当にそのお爺様と友人だったのだと思いますよ。年も百を超えているという話ですし……」
「えぇ! じゃあこいつが俺が話に聞かされたカッコいい獣人なのか?! こんなに目を吊り上がらせて、空を自由に飛び回って残虐の限りを尽くしたってきいたぞ!? あの豪胆なお爺様が、悪魔の絵本の再来のような奴だったと言っていたんだぞ!?」
再来のようだった、ではなく恐らく同一人物だ。どちらかと言うとたれ目なはずなのに、話ではいつも目を吊り上がらせているのは何故なのだろう。メイジーが両方の目じりを指でぐいーっと釣り上げている。
今回の話は百年ではなく、精々五十年くらい前の話のはずなのだが、ノクトは一体何をやったのだろうか。もしかして落ち着いてきたのは最近で、数十年前まではめちゃくちゃに暴れていたのではないかと、ハルカはノクトの横顔を見やった。
変わらず柔らかく笑顔を浮かべているノクトが、そんな風に暴れてたというのか。ハルカには想像できなかった。
「それはともかく、依頼の話を詰めるためにウェストさんの所へ戻りたいのですけれど、いいでしょうか?」
「む、なんだ、俺との約束じゃあ不満か?」
「額が大きいから、ちゃんと契約書を作りたいってこと。あなたが作ってくれるならそれでいいわよ?」
コリンが口をはさむと、メイジーが難しい顔をして腕を組んだ。
「……そういう話なら仕方がないな」
彼女にはまだ契約とかは難しいらしい。
ボスらしくあろうとする気持ちは十分にあるが、知識も実力もまだ足りていないことがハッキリとわかる返答だった。