プレゼント
ワイワイ話しながら、と言っても主に話してるのはアルベルトとコリンであったが、とにかく話しながら依頼ボードの前まで移動する。
廊下を抜けてギルド受付付近までたどり着くと、不機嫌そうな顔をしたラルフと、これもまた不機嫌そうなエリが立っていた。
あまり近寄りたくないと思ったが、あの二人がセットでいるってことは自分の件だと想像がつく。楽しそうな仲間たちの横で小さくため息をついて、ハルカは受付の方へ歩み寄った。
「おはようございます、ご機嫌、ではなさそうですね」
「おはようございます、ヤマギシさん」
「おはよう、ハルカ」
二人はそう言うと一瞬互いを睨んで、すぐにハルカの方を向くと、目も合わせずに会話を始める。
「あら、知ってる? ヤマギシってハルカのファミリーネームなのよ?」
「…だからなんですか? もしかしてそれくらいのことでマウント取ってるんすか? しょうもな」
元々知り合いなのか、それともここまでですでに散々言い争いをしていたのか、ラルフの言葉にも遠慮がない。ラルフはタンタンタンとつま先で床を叩き、エリはくるくると髪の毛を指先で巻きながら、馬鹿にするようにラルフに流し目を送った。
「そもそもなんでアンタからヤマギシさんの色々について説明聞かなきゃいけないんすか? 直接聞くんでちょっと引っ込んでてくんない? ね、ヤマギシさん」
「残念でしたぁ、話はもうついてるんです、アンタこそひっこめば? ね、ハルカ?」
ハルカは額に手を当てる。魔素酔いでは頭が痛くならないが、面倒なことに遭遇すると頭痛を覚えるらしい。精神的なものだからに違いなかった。
確かに人づてで色んなことをしてもらうのは、なんというか仁義に反しているし、ラルフが怒るのも無理はないと思う。
昨日はそのほうが早く事が済むし、ラルフにしたってそのほうが色々と手数が省けていいかと思ったのだが、落ち着いて考えてみれば感情的な部分を無視しているようにも思う。
自分のことで他人が争っているというのは結構心に来るものだ。今後は気を付けるようにしようと心の中で思う。
「その件に関しては私が悪かったと思っています。やはりきちんとラルフさんに私からお伝えするべきでした」
深く頭を下げてハルカは言葉を続ける。突然顔が見えなくなるくらいに頭を下げたハルカに喧嘩をしていた二人は動揺する。ハルカの長い銀の髪が地面に向けてさらりと垂れた。
「恩知らずな行為でした。これまでにかかったお金は請求さえしていただければきちんとお返しいたします。エリさんには私の方からラルフさんへ伝えてくださるようお願いしたものでしたから、お怒りでしたら私へ」
「や、いや、そんな、ヤマギシさんに怒っているわけでは……」
「そ、そうそう、私が無理やり引き受けたようなもんだし」
今まで喧嘩をしていたくせに、一瞬だけアイコンタクトをした二人は一時休戦し、ハルカの謝罪をやめさせようとフォローを始める。
「いえ、お二人は何も悪くありません。人の親切に無遠慮に寄りかかりすぎた私の責任です。一人の大人として恥ずかしいばかりです」
頭を上げようとしないハルカに二人は焦る。
場が膠着して二人の背中に嫌な汗が流れ始めたときに、遠くから大きな呼び声が響いた。何かこの状況を打開する物であればと二人もバッと振り返る。
しかしラルフは嫌な顔をして舌打ちし、エリもめんどくさそうに視線を逸らした。
「ハルの姐さーん! おっはようござい、お、なんだなんだ、誰に頭下げさせてんだてめえ、ぶっ殺すぞこら、あ?」
「まてまてまて、よく見ろ、こいつラルフだぞ、やっぱり姐さんを食い物にしようって魂胆だったか! 制裁! 制裁!」
「残念だったな、俺たちが来たからにはそうはさせねえ、ただじゃすまさねぇぜ!」
「やめろお前ら、無暗につっかかんじゃねえ!」
上からデニス、ドミニク、ローマン、最後がトットだ。
状況を理解できていないトットが慌てておバカ3人組を止める。昨日の経験を経て成長著しいトットである。
「姐さん? 姐さんってなんだ? 知り合いか?」
ボードの前ではしゃいでいたアルベルトまで混ざってきて、なーなーと繰り返す。場はもはや収拾がつかなくなっていた。騒がしい空間にツカツカとヒールの音が近づいてくるのには誰も気づかない。
だんっ、と板を鳴らす音が響き、一瞬場が鎮まる。
受付のお姉さんが顎を上げ、見下ろすように皆を睨みつけ、眼鏡をくいっと上げた。
「邪魔なんで他所でやってもらえます?」
怒られてギルドの端に移動した後最初に口を開いたのは三馬鹿の一人だった。
「そういや俺ら、姐さんに服買ってきたんすよ」
がさがさと包み紙を取り出して差し出したデニス。どうやら昨日酒を飲んでいる間に替えの服がないと言っていたことを覚えていたらしい。
「貰っていいんですか? お金払いますよ」
律儀な子たちだなぁと思いながら、紙を開くとそこには麻色のパンツに紺色っぽいチュニックが2揃い、それから黒色のフード付きローブが入っていた。流石に肌着は入っていないようだったが、その辺を歩いていても浮くことはなさそうだ。
「や、ホント昨日のお詫びなんで、受け取ってもらいたいです。高いもんでもないんで、使ってやってください」
トットは頭を軽く下げてハルカに頼むようにそう言った。それに続くように三馬鹿もそろって頭を下げる。
こんなにもらっては貰いすぎな気がしたが、これから付き合ってく中で何か返してあげられればいいかとも思う。なんとなくではあったが、今まで世話をしてきた後輩や部下たちを彷彿とさせる姿に微笑ましい気持ちになった。
「昨日絡まれたらしいってとこまでは聞いてたけど、何があったわけ?」
じろりと四人組を睨みつけるラルフ。トットは彼を睨み返した。
「うるせぇな、てめぇには関係ねえだろ」
またバチバチとはじまりそうな予感に、ハルカは二人の間に割って入った。
本当にトットは彼のことが嫌いなようだ。これは逆恨みのようなもので、トットが一方的に嫌っているだけでラルフが悪いわけではない。しいて言うならイケメンでモテるのが悪い。
「……その辺でお願いします。ラルフさんもご心配ありがとうございます。それから、宿を勝手に引き払った件は本当に申し訳ありませんでした。分不相応なお値段だったようなので、早めにと思ったんです」
話題を自分のものに戻し、トットへの関心をそらす。ハルカはそもそも周りで争い事が起こること自体あまり好きではなかった。
「……だから、そういう問題じゃ……。ああもう、まあいいっすよ、じゃあそういうことにします」
ラルフは頭をがりがりとかきながら呼吸を大きく吐いた。
気持ちに一段落つけたかったのか、首を回して、もう一度深く呼吸する。
「んじゃあ、それはいいとして。もし依頼を受けるんであれば一緒にと思ったんですけどいかがですか? よさそうなの探しますよ?」
緊張した面持ちでハルカに告げ、じろりと周りにいる面々を見渡して牽制する。とは言っても、アルベルトは遠くの依頼ボードに夢中だったし、モンタナは床に座り込んでこんこんとまた石を削っていたものだから、パーティの中でまともに話を聞いていたのはコリンだけだった。
「えっと、あの、ハルカは、そのー……」
小さな声でコリンが戸惑うように声を上げた。彼女はラルフのことを知っていたし、彼の等級もまた知っていた。新人冒険者と一緒に活動するような等級ではないじゃないか、と思ったのだが、彼の視線に気圧されていた。
「なんかタイミングのがしちゃったんだけどさー、これあげるわ」
割り込むようにしてエリが何かをハルカに押し付けた。コリンが戸惑っているのを見て、話題を変えてくれたようだった。押し付けられたものは紙袋には違いなかったが、先ほどと違ってやけにかわいらしい色をしている。
「えーっと、なんでしょう?」
「必要でしょ、肌着。サイズは多分あってるわ」
「お金払います」
「いらない、お金出したの私じゃないしー」
ふいっと後ろを向いたエリの視線を追うと、そこには昨日ハルカの胸の中で深呼吸していたお嬢様っぽい人が立って、鼻息荒くこちらに向けてサムズアップしていた。
「うちの宿の宿主。ハルカのこと気に入ったみたいよ。綺麗な人が好きなの、2人きりにならないように気を付けてね」
ハルカは、昨日トットたちに囲まれたときにも思わなかったのに、今はちょっと怖い。なぜ二人きりになってはいけないのか聞き返す勇気は出なかった。
「宿っていうと、一級冒険者の方ですか?」
「そうよ、冒険者宿【金色の翼】の宿主ね。普通に接してる分にはそんなに害はないわ」
宿というのは、冒険者が作るチームがいくつか所属している集団のことだ。大きな拠点が構えられていることが多く、一応宿という集団を作るにあたっては、ギルドの公認がいる。荒くれものが集まりすぎないようにするためだったり、不正な等級上げを防いだりするためだ。面倒な制約があるがその代わりに、宿にしか来ない依頼もある。また拠点における知名度や信頼度は非常に高くなり依頼は受けやすくなる。
その宿を立ち上げる条件が、一級冒険者のみで構成されたチームを率いていること、あるいは特級冒険者であることだった。
冒険者集団の呼称は複雑なのだ。確認のためにハルカはメモ帳を開く。
パーティはその時に仲間内で組んだもの、チームはギルドに登録したもの、宿はチームが幾つか集まって作られたギルド公認の集団。覚えるのが少し面倒だった。
都市にいくつかしかない宿の主ということは、かなりの実力者であることには間違いない。変態的な視線を向けてきている彼女がそうであるとはあまり信じたくなかった。
なんだか余計に怖い。
「それで、どうすかね?」
とラルフがハルカの顔を覗き込むようにして尋ねてくる。ハルカは距離が近かったので普通に体を引いた。心も引いた。パーソナルスペースは比較的広いタイプだった。
「すみません、実は彼らとパーティ活動をする約束をしていまして……」
「そ、そうだそうだー」
依頼ボードの前で興奮しながらモンタナと話しているアルベルトを指さして答えると、後ろでハルカに隠れるようにしてコリンが続いた。
ラルフは小さく聞こえないくらいの音で舌打ちをすると、ニコッと笑顔を作った。
「それじゃあ……、仕方ないですね。でももし何かあったら、まず最初に俺を頼ってくださいね」
さっと身をひるがえすと、ラルフはすたすたと冒険者ギルドから出ていく。
残る面々はそれぞれ複雑な表情でそれを見送った。
「きざな奴」
苦虫を嚙み潰したような表情でエリが言うと、トットもそれに続いて鼻を鳴らしラルフが消えていった方を睨む。
「やっぱむかつくわ、あいつ」
「横入は良くないよ、ねー?」
安心したようにハルカの腰に抱き着くコリンを見て、ハルカが中途半端な位置に腕を上げて、固まる。満員電車に乗って通勤するサラリーマンの習性だった。私は痴漢ではありませんというアピールだった。