似た者
小さいベッドが一つ、大きいベッドが一つ、宙に浮いて一行と共に移動する。その光景は異様だったが、すれ違う人がいないので、悪目立ちすることは避けられていた。
王国に入ってからというもの、道は狭くなり、すれ違う人の数も激減していた。
道で会う人の数はレジオンが一番多かった。やはり治安がいいからだろう。また、プレイヌには命知らずの商人や冒険者が多かったので、レジオンほどではないが、人とよくすれ違っていた。
それが王国に入ってからというもの、人とはほとんどすれ違わなかった。これだけ人通りが少ないと、山賊をやっていくのにも苦労しそうである。
以前対峙した山賊たちは、よくもまあこんなところであれだけの規模を維持できていたものである。
そんなことを考えながら、ハルカはチラリと横に浮かぶイーストンの様子を窺う。傷口はすぐに治したがなかなか目を覚まさない。生命活動自体は確認できているので、死んでいないのは間違いない、ただ、顔色も相まって心配になってしまい、たまにこうして顔を覗いていた。
隣にいるコリンがにやにやと笑っているのが気にはなるが、今のところまだ何も言ってきてはいない。表情だけで、言いたいことをなんとなく察していたハルカは、気づかないふりを続けていた。
結局そのまま昼がすぎ、やがて日が暮れる。
野営のためのかまどを作っていると、小枝をたくさん腕に抱えたコリンが、すすすと静かに近づいてきた。
「ねぇ、ハルカ。運命の出会いって信じる?」
ハルカは即答しようとして、少し考える。妙に楽しそうにしているコリンはさておきだ。
「……信じないでもないですが、私とイースさんのことを言っているんであれば、信じません」
運命をなにか人ではどうしようもないようなことであるとするならば、今ハルカがここにいることこそ運命だと思った。異世界に来たと思ったら女性の体になっており、あれよあれよという間に冒険者をしていた。
「ただ、まぁ……。あなたたちと旅をしていることが運命だというのなら、信じて感謝してもいいかもしれませんね」
コリンはあちこちに目を逸らして考えてから、小枝を作りかけのかまどに放り込んだ。
パンパンと、手を払って腰に手を当てると、少し顔を赤らめて偉そうに言う。
「ハルカ、今のかなり点数高いから、イースさんのことでからかうのはやめてあげる」
「はいはい、ありがとうございます」
そうしてくっついて歩くコリンを適当にあしらいながら、ハルカは石を積み上げる。背中に寄り掛かられても重いわけではないので、好きにさせてやった。
食事を終えた頃に、地面に寝かされていたイーストンが、小さくうめいて身体を起こした。次に周りの様子を素早く確認し、ホッと胸を撫で下ろした。
手足を動かし、怪我がないことに気づくと怪訝な顔をしてから、立ち上がり、焚き火を囲む者たち全員へ頭を下げた。
「知った顔とはいえ、助けてもらったことに感謝するよ。身ぐるみを剥がされて、その場に放置されてもおかしくない状況だったはずだからね。ハルカさん、僕を助けることに仲間達からの反対はなかった? 迷惑をかけていないといいんだけど」
「反対は……、とくにありませんでしたけど……?」
なぜ知り合いを助けることに反対されるのかもよくわからず、ハルカは首を傾げた。
「まぁ、何もないならいいんだ、うん」
周りの顔を見回してから、イーストンは肩をすくめた。
「ところで僕の傷は誰が治してくれたんだろう? 治癒魔法の使い手は……、そちらの角の生えた子かな」
「そうですけどぉ、そうじゃないんですよねぇ。治したのは僕ではなくてハルカさんですよ」
「……僕は世間知らずのつもりはなかったんだけど。ハルカさんと一緒にいると、どうもそれを疑いたくなってくるね」
こめかみに指先を当てたイーストンは、しばし瞑目してから、自分のバッグに手を伸ばした。
「ともあれ助けてもらった礼を。前と同じで申し訳ないけれど、どこかで換金して」
「いいえ、こういうのはいくらあっても嬉しいです! あ、どうぞどうぞ、イーストンさんも座ってくださいねっ」
さっと立ち上がって、取り出されたヴァンパイアルビーを受け取ったのはコリンだ。さすがチームのお財布担当は、抜け目なくて素早い。
イースはその素早い身のこなしに、びくりと一瞬身をひいたが、促されるままに座って焚き火にあたる。
「んで、なんで矢傷なんか受けてたんだよ」
「話さなきゃだめかな?」
「さっきお前が言った通りだろ。誰に受けた傷か聞いておかないと、危ないかもしんねーだろ。賊にやられたとか言うなよ。あんたが強いことは俺だって知ってんだからな」
「……ちょっとした勘違いから、辺境伯領で兵士に追われることになってね。その山を越えて逃げてきたんだ。反撃はしていないから、これ以上しつこく追われることはないと思うんだけど」
「悪いことしたのか?」
「してない、誓ってね」
「じゃあなんで反撃しねぇんだよ」
「職務に忠実なだけの人を、無闇に傷つけるわけにいかないじゃないか」
アルベルトはしばらくの間、考えるようにしてイーストンのことを睨みつける。それをイーストンは黙って見つめ返した。
アルベルトはふっと息を吐いて体の力を抜き、ハルカの方を見ていった。
「確かにハルカの友達らしい性格してんな」
「……そうでしょう?」
二人のやり取りを緊張して見つめていたハルカだったが、アルベルトのその言葉に、ハルカは笑って答えるのだった。