パーティ結成
鐘が鳴る音が町中に響く。
ハルカのぼんやりと意識にもその音が届き、朝になったのだなと気づいた。
耳に聞きなれない鳥の鳴き声が断続的に飛び込んでくる。どの世界だって鳥は朝から元気だ。
今はまだいちいち世界の違いに思いを寄せているが、いつかこの鳥の鳴き声も聞きなれていくことだろう。
元居た世界に強い執着があるわけではなかったが、もう戻れないのだろうかと考えると、少し寂しい気持ちになってしまう。もしあちらに大切な人がいたら、執着するものがあったら、自分は今、もっと必死になって帰りたいと願っていたのだろうか。
「……起きよう」
言葉に出して、はっきりと意識を覚醒させる。ぼんやりとした意識は、今の宙ぶらりんな精神状態には毒だった。仰向けの姿勢から腹筋の力だけで体を持ち上げた。前の身体だったらこんなにスムーズに体を起こすことはできなかった。足を上げてだばだば動かし、唸り声をあげながらの起床しなければならなかったことを思えば、この体は実に快適だった。
昨日はあのままトットたちに夕食をおごってもらった。
エリは納得いかなさそうな顔で、ハルカよりもバクバクといろんなものを飲み食いしていた。その身体のどこにそんなにたくさん食べ物が入るのかと言わんばかりの食べっぷりを見て、トットが悲しそうに財布を開いていたのを覚えている。
トットはその後何度も謝罪を繰り返していたが、やがて酔いが回ってくると、自分の事情を愚痴交じりにハルカに話した。途中取り巻きの連中、デニスにドミニク、ローマンが何度も茶々を入れるものだからそのたびに話が中断されて、聞き終わるまでには随分と時間がかかってしまった。
ちなみにトットはしっかりと反省しているようであったが、他の三人はけろっとした顔をしていて、まるで反省している様子は見られなかった。強いものに巻かれて生きている、調子のいい奴らなのだ。
解散するころにはハルカも彼らに対する扱いはすっかり雑になっていたが、本人たちが仲良くなったと喜んでいるようだったので、これからも適当に対応することに決めた。
よくわからない集団飲み会を終えた後、エリに部屋まで案内してもらい、朝までぐっすり休んで今を迎えたというわけだ。
冒険者宿舎は小さな部屋がずーっと対面で並んでいる。中は4畳半くらいで、使い古されたベッドと、きしむ小さな椅子に、気持ちばかりのデスクが置いてある。窓際には紐が結ばれていて、そこに洗濯物を干すことができるようになっていた。
昨日の夜に肌着だけは水で洗わせてもらったが、そろそろ服もどうにかしなくちゃいけない。体臭は気にならず、フローラルな香りすらしている気がしたが、こういうのは自分ではわからないものだから油断は禁物だ。それから、身体を激しく動かすと胸がばるんばるんして痛いので、こいつもなんとかならんものかなとも思っていた。
今日の予定として、アルベルト達に会って、一緒に冒険をすると伝えたいのだけど、いったいどこで落ち合えばいいのだろう。携帯電話がないというのは実に不便である。ほんの数十年前まではなくても困ったことはなかったはずなのに、人間贅沢に慣れると中々元には戻れないというのは本当だ。自分が子供の時はどうしていたのだったかな、と頭をひねっていた。
いい案は思いつかず、結局自分も他のみんなもギルド宿舎で生活しているのだから、食堂で待っていればそのうち会えるだろうという結論に達した。ハルカは服を着こんで外に出ると、ドアにカギを差し込む。使い古されたカギは少し歪んでいて、鍵をかけるのに苦労した。
食堂のよく日の当たる場所に、目立つ緑色の耳と尻尾を見つけることができた。朝食にパンとスープをもらい、モンタナの前に腰を下ろす。モンタナはハルカ同様の食事メニューを前にぼーっとして動いていなかった。怪訝に思いながらも、ハルカは声をかける。
「おはようございます、モンタナ」
モンタナは声をかけられて視線が初めて動き、それがハルカをとらえた。二度、三度とゆっくり瞬きする。
「寝てたです、おはようです」
昨日から変わった子だなと思っていたが、どうやら彼は目を開けたまま寝ることがあるらしい。獣人族の特性かもしれないので突っ込みを入れたりしなかったが、瞼があるのだから、そんなはずはないのだが。
「昨日の返答がしたかったのですが、アルベルトやコリンはこちらに来ますか?」
「わかんないですけど、朝なので来ると思うです」
「じゃあのんびり待たせてもらいます」
しばらくの間、ぽつぽつと話をしながら、食事をする。モンタナはあまり積極的に話したりしないが、こちらから話しかければ案外返事や相槌が戻ってくる。
食べ終わったころにようやく、髪がぼさぼさのアルベルトと、コリンが連れ立って食堂へ入ってきた。
コリンがすぐにハルカたちに気づいたようで、そのまま近くへ駆け寄ってくる。
「おはよう、二人とも!」
後ろからだらだらと歩いてくるアルベルトを置いて、コリンがハルカの隣に座った。食べ物を持っていないようなのが気になって尋ねてみる。
「コリンさんは、ご飯はいいんですか?」
「外で食べてきたから大丈夫! それより、どうなのハルカ」
「そうだよ、どうなんだ、ハルカ!」
食べ物を適当にとってきたアルベルトは、慌ててモンタナの横に駆け寄り、食事を置いてから身を乗り出した。
「ええ、その話なんですけど…、お返事待っていただいてありがとうございました。まだ私と一緒に活動しようと思ってくれてるんであれば、しばらくの間お世話になろうかと思ってます」
別に本格的にチームを結成して拠点を持とうというわけではないのだ。せっかく一緒になったのだから一緒に頑張ろう、程度のパーティ結成である。きっと受け入れてくれるだろうとわかっていても、少しドキドキしながらハルカは頭を下げていた。
「よっしゃ、これで最初に何の依頼を受けるか決められるな! よろしく、ハルカ」
「さー、今日から頑張るわよー」
「です」
とりあえず何かを言わなければというように発言したモンタナは横に置いておいて、思ったとおりの歓迎ムードを出してくれる面々に、ハルカの表情がわずかに柔らかくなった。表情に出るほどであるから、内心ではすっかり浮かれてわくわくしていた。
「昨日、依頼ボードをちょっと覗いてみたんです。これが終わったらみんなで一緒に見に行きましょう?」
ハルカの提案にアルベルトは慌ててパンを口に詰め込んで、スープでそれを流し込んだ。
これからいよいよ旅に出ます?
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