先のことは分からないけれど
明日男爵領へ入ると、高確率で兵士たちとの戦闘が発生するとノクトは言う。
本格的な兵士との戦闘をしたことがなかったハルカが、その規模や練度についてノクトに尋ねる。
「今日のならず者の集団より統率がちょっと取れてるくらいですかねぇ」
「仮にも貴族の兵士がですか?」
「……あぁ、もしかしてハルカさん、貴族ってドットハルト公国のフォルカーさんみたいなのを想像していますかぁ?」
「違うんですか?」
「あの国はねぇ、軍事に非常に力を入れてますし、そもそも貴族の数自体が少ないんですよぉ。王国の貴族と比べたら失礼に当たりますよぉ。王国の男爵なんていうのはねぇ、村よりちょっと大きくて、辛うじて防壁があるような街を治めている人のことです。領土は広くても、全域に隈なく目を配るほどの実力は持っていません。ですから兵士も全部かき集めてようやく百くらいでしょう」
百と言われると多いような気もする。とはいえ、街を守る数と思うと少ないようにも思える微妙な数字だった。
「冒険者として考えれば指揮官クラスでも三級、ほぼすべてが五級程度の実力しかありません。ちょっと戦闘齧ったことがあるレベルですねぇ。僕が提案した話ですし、いざとなれば加勢もしますよぉ。訓練のためにもそうならないようにしてほしいですけどねぇ」
ノクトの話を参考に、ハルカ達は作戦を立てる。兵士と言うのは街の警備も担当しているはずだ。それを全て傷めつけたり殺したりしてしまうと、男爵領の治安の問題も出てくるから気を付けなければいけない。
この戦闘のせいで一般市民が割を食うようだと、寝覚めが悪くなってしまう。
ノクトが言うには、この戦闘は今後の襲撃やしつこい招待を減らすためのものだそうだ。
ノクト一団はやばい奴らだというのを、ザッケロー男爵から派閥へ伝えてもらうことで、今後訪れる者達を選別したいらしい。それはつまり、これ以降腕に覚えのあるものや、くせ者しかやってこなくなるということなのだが、ハルカ達はそこまで考えていなかった。
襲撃が減るならいいか、と言うくらいの考えでノクトの作戦にのっかっている。
というわけであったから、できるだけ派手に、そして圧倒的に、しかし相手を余計に傷つけることなく敵の大将との交渉を行う。というのが今回の戦いで求められることだった。言葉にすると難しいが、皆で話し合いをしてみると、意外とあっさり作戦が決まった。
戦いたがりのアルベルトも見せ場を作ることができる、素晴らしい出来だ。
そんな話をして、軽く訓練をしているうちに日は落ちて、夜になる。
今日の不寝番はハルカとコリンが先に立つことになった。
コリンは不寝番の時いつも、ハルカにくっついて過ごしている。最初の頃は年頃の女の子にくっつかれてどぎまぎしてしまっていたのだが、いい加減に慣れてきた。最近はそれが普通になっていて、中々そばに寄ってこないときはどうしたのかなと思うくらいだ。
今日もコリンはハルカの隣にくっついて、火にあたっている。普段は女の子らしい話をしてくることが多いのだが、今日に限ってえらく静かだ。
昼間のうちは考え込まないようにしていたが、夜になって静かに火を見つめていると、やはり今日の殺しのことやノクトと話したことが思い出される。
いざああいう状態になってみれば、戦って相手を殺すのがやむを得ないことはハルカも理解しているのだ。
ただならず者たちだって、望んでそうなったわけじゃないものもいる。今日逃がしたシモンのように、どうしようもなくて逃げた先がならず者だったということもあるだろう。
そこまで考えると今度は、頭の中でノクトの声がハルカに語り掛ける。
『じゃあその人を見逃したせいで、他の罪なき人が傷つけられてもいいんですね?』
何も言い返せそうになかった。
しかし思いついたことはあった。
例えば、今回のシモンのように、どうして生きていけばいいかわからない人に罪を犯させない方法だ。
それは、その場所に必要とされなくなった人が生きていける場所を作ってあげることだ。今いる場所を出ていかなきゃいけなくなっても、普通に暮らせて、将来への希望が持てるのであれば、安易に人を傷つける道に走ったりはしないはずだ。
ただその方法をどうしようかと考えるとまたわからなくなる。
クランを作って拠点で働いてもらうとか、大規模な商売を始めるとかだろうか。あるいは既存の社会をもっと豊かにするか、いっそ国を興してしまう。
考えを進めるとどんどん現実的ではなくなっていく。何をするにしても時間はかかりそうで、思わずため息が出た。前二つくらいは頑張ればなんとかなるかもしれないが、そこで拾える人数はたかが知れている。
ため息が聞こえたのか、コリンがつんつんとハルカの肩をつついた。
「大丈夫?」
「んー……、思ったより大丈夫みたいです。今はこれからのことを考えていました。ああいう賊になってしまう人を減らすにはどうしたらいいのかなと、そんなことを」
「ハルカはさぁ、人のことばかり考えてるよねぇ。もっとさぁ、お金持ちになりたい!とか、すごい冒険者になってチヤホヤされたい!とか、そういうのはないの?」
「立派な冒険者になって、世界中を見て回ってみたい気持ちはありますが……。そうですね、コリン達と一緒に冒険者活動をすることが私のやりたいことなんでしょうね」
「んー……、ハルカぁ」
感極まった様子で、ぐりぐりとコリンが頭を擦り付けてくる。猫が甘えてきてる時のようだなと思いながら、ハルカはその頭を優しく撫でてやった。