苛む
「おい、コリン、ちょっとこっちきてくれ」
ハルカが悩んでいるうちに、アルベルトはコリンを小屋の方まで呼び寄せる。ハルカにここを見といてくれと言われたので中を覗いたら、ほとんど裸の女性が寝転がっていた。
走ってきたコリンに事情を説明して、アルベルトは小屋の外で待機することにした。
しばらく待っていると、目を覚ました女性が服を着て小屋の外へ出てくる。その女性は磔にされた男性の下へ走り、それに縋り付いてずるずると地面に座り込んだ。
そうなるともう何も言えない。ハルカのローブを持ったコリンも、女性の後ろについていっていたが、声をかけるのをやめてハルカの方へ歩いていってしまう。
男女がどんな関係だったのか知らないが、泣き崩れるほどには近しい間柄だったのだろう。
何もすることが無くなってしまったアルベルトとモンタナは、とりあえず金目の物でもないかと小屋の中を漁ることにした。
「ハルカ、ローブ持ってきたよ」
「あ、ええ、ありがとうございます。女性は大丈夫そうですか?」
「あー……、あんな感じ」
ハルカはコリンに示された先を見て、すぐに顔をそらした。
ハルカを見上げて助けを求める男の太ももから矢を抜いてやり、そこに治癒魔法をかける。
「聞きたいことがあるので大人しく座っていてください。わかりましたか?」
ハルカの問いに男が何度も頷くのを見て、ハルカは男の周りに見えない障壁を立てて、女性の下へ歩いていく。何も思いついていなかったが、隣に立っていてあげたほうがいいかもしれないと思ったのだ。
「ねぇ、ハルカ。……大丈夫?」
「……何がです?」
「辛くない?」
「ちょっと今はわかりません。……わかりませんが、私はコリンや他のみんなに、彼女みたいな思いをしてもらいたくないと思いました。辛いかと言われると……、あとで辛くなる気がします」
「ねぇハルカ。今日はさ、あの女の人もいるし、ちょっとのんびりしよっか」
「そうですね……」
女性のもとまでたどり着いて、ハルカはその震える背中と、残忍に殺された男を見た。意味のある殺しなら許容されると思っているわけではないが、無駄に傷つける意図しか見えないこんな殺され方はあまりにひどい。
ハルカは女性の隣に立って、結ばれた縄を普段は使うことのないナイフで切って、その遺体を地面にやさしく寝かした。せめて姿かたちだけでもと思い、身体に刺されたナイフを抜いて、遺体に時間を戻す治癒魔法をかけてやる。
男性の顔色は青白いままだったが、傷口が消えて、苦悶に歪んだ顔も幾分か穏やかになったように見える。もしかしたら時間が戻れば命も戻るのではないか。ほんの僅かだけそんな希望を持っていたが、やはり失われた命は戻らない。
「生き返らせることはできませんが、せめて綺麗な姿でお別れを」
また男性に縋り付いて泣き始めた女性を、ハルカは立ったまま黙って見守った。
太陽が真上に上る頃、一行は朝休んでいた場所へ戻ってきていた。
遺体と拠点は他のならず者たちに利用されないように、ハルカの魔法で何もかもを焼き払った。半ば八つ当たりのように魔法をぶちまけてはみたが、それでもハルカの気持ちはすっきりとはしなかった。
焚火を囲んでこの後の話を改めて打ち合わせしようと思ったのだが、連れてきた女性と、賊の男の関係がすこぶる悪い。襲われた側と襲った側の二人なのだから、当然ではあった。
女性は男が一緒に歩いているのを見つけてから、一言もしゃべらず睨みつけている。男も何も言わずに、ただびくびくとしながらハルカ達の前を歩いていた。
何か話を始めるにも、この二人をどうにかしないとやりづらい。どうしたものかと思っていると、ノクトが間延びした口調で女性に話しかけた。
「んー……、そんなに気に食わないなら、殺しますかぁ?」
縄で縛られたまま座ってた男はぎょっとした顔でノクトを見た。ノクトは男の視線など意に介さずに、女性にナイフを渡した。
自分に向けられた切っ先に、身体を震わせながら逃げだしたりしないのは、完全に心が折れているからだろう。助けを求めるように、ハルカ達の方を見るが、誰も返事をしてくれない。
男はザッケロー男爵領の農民の五男坊だった。
農民の五男坊なんて言ったらもう牛馬以下の価値しかないし、育てられなくなればその辺に捨てられるだけの存在だ。
数年前の不作の年に家から追い出された男は、そのまま領内の森を彷徨い、ならず者共に拾われた。ほんの少しの食料も金も持っていなかった男に、唯一価値を見出してくれたのがならず者だった。男が今こうしてここに立っているのはそれだけの理由だ。
自分より恵まれていそうな奴らが、仲間たちに捕まって無残に殺されていく様を見るのは、そんなに悪い気はしなかった。助ける気だって起きなかった。
それでもいざ自分の番になると恐ろしい。
恐ろしいと思いながら、怒る女性の目を見返して男は初めて思った。
実は自分はとんでもないことをしてきたんじゃないかと。死ぬまで人を痛めつけて、恐怖に歪む顔を当たり前のように見過ごしてきた自分を思い出して、女性に向けられた目すらも恐ろしくなった。
その視線から逃げるように、べたりと地べたに頭を擦り付けて男は絞り出すように言った。
「お、俺が悪かった。二度と人を殺さない。悪かった、死にたくない、俺は死にたくないんだ。殺さないでくれ、頼む、何だってする」
誰からも返事が戻ってこないことに恐怖しながらも、男はただ頭を下げ続けた。