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大黒柱

 空が白み始めた頃に、ハルカは目を覚ました。

 ぼーっとする頭をすっきりさせようと、体を起こして欠伸交じりにウォーターボールを浮かべて、顔を申し訳程度にぬらした。意識して出せば、温度も調整できるのだが、ただなんとなく出したウォーターボールは、季節に応じた冷たさをしていた。


 立ち上がって、草むらのほうまで歩く。ウォーターボールはふよふよと顔の横を漂ってついてきた。

 長い髪を全て後ろへかき上げて、おりてこないように一つに結ぶ。冷たい水で顔を洗うのには勇気が要ったが、息を止めて顔を付けて、わしわしと洗った。

 森の中にウォーターボールを投げ捨て、布で顔を拭いて、眠っていたところへ戻る。コリンが気持ちよさそうに眠っているので、声をかけた。


「コリン、朝ですよ」


 声をかけて揺さぶると、小さなうめき声をあげて目を薄く開けた。

 もう少し寝かせてあげたい気持ちもあるのだが、以前そうして出発が遅れたときに、ちゃんと起こしてほしいと言われたので仕方がない。


 コリンはぼーっとした薄目のまま上半身を起こし、よろよろと昨日作った竈へ歩き出した。火力を調整してから顔を洗うつもりなのかもしれない。躓きそうで心配だったので、黙ってそれについていっていると、広場の端に連れ添って歩いていくノクトと男の姿が見えた。

 モンタナは竈の方へ薪を運んでおり、アルベルトは素振りをやめて、ノクトの様子を見ている。

 ハルカは少し考えて、ノクトの傍へ歩み寄った。昨日の様子を見る限り、妙なことをするとは思えないが、そうであっても警戒はしたほうがいいのだろう。


「私が一緒に話を聞いてきます」

「おう」


 アルベルトは横を通ったハルカにそう告げられると、返事をして訓練を再開した。


「おはようございます、ハルカさん」

「おはようございます。同席してもいいですか?」


 ノクトに挨拶を返して尋ねると、男が困ったような顔をしている。


「大丈夫ですよ。私の弟子ですし、彼女は王国の関係者ではありません」

「弟子……、かい? そうか……。いや、そうですか。恩人に以前のような話はできないね」

「前と一緒で構いませんよぉ?」

「いいえ、そういうわけにもいかないでしょう。それに角と尻尾を生やした獣人で、治癒魔法が得意と言えば、あなたは【月の神子】ノクト様でしょう? 以前は知らぬとはいえ失礼しました。どうして気づかなかったのでしょうか」


 ノクトは笑顔のまま、パタンと尻尾で地面を軽くたたいた。そのまま地面に腰を下ろして、男にも座るように促す。ハルカにはノクトが少し寂しそうな顔をしているように見えた。

 男が腰を下ろしたのを見て、ノクトは尋ねる。


「どうしてこんな国外の山奥に?」

「……お恥ずかしい話です。強盗殺人を疑われて、国を追われました。もちろん、そんなことはしていないのですが!……ですが、上役に逃げるべきだと勧められ、こんな所まで逃げてきました」

「なるほど、それで冒険者になろうと。プレイヌでは王国の罪は適用されませんからね」

「はい、しかしもう限界を感じていました。娘の体調は悪くなるばかりですし、私たちもろくに食事もできずにいましたから。あなた達にここで会えたことが本当に幸運でした。……ただ感謝することしかできないのが申し訳ないです」

「事情は分かりました。いくらかの金子と食料さえあれば、街までたどり着けますね? 一番近くの大きな町はアシュドゥルでしょう。あそこには遺跡がありますし、贅沢をしなければ暮らしていくこともできるでしょう。ハルカさん、彼らに食料を分けることはできますか?」

「はい、こちらでも余裕をもって準備していますので」

「あ、いや、そこまでしてもらうわけには……」


 断ろうとした男を見て、ハルカが口をはさむ。


「私もいつかアシュドゥルの遺跡に入ってみたいと思っていました。そのうち立ち寄ると思いますので、その時に情報をいただけると嬉しいです。そのための前払いだと思って受け取ってください。そうですね、私は食べ歩きが趣味なので、アシュドゥルの美味しいお店なんかを調べておいてもらえると、なお嬉しいです」


 できるだけ穏やかな表情を、安心させられるような笑顔を。

 ただ善良であるように見えるその男に、過去の自分を重ねたハルカは、彼にこれ以上の不安を与えたくなかった。身に覚えのないことで追われて、家族を守りながらここまで逃げてきたのだとしたら、実に立派だ。家庭すら持つことのなかったハルカからすれば、尊敬すべき人物に違いなかった。


「……必ず、そうします。アシュドゥルにきたら、きっと私を訪ねてください。私の名前はオレーク=レフコヴァです。……美味しいご飯の店を探して待っています」

「はい、楽しみにしていますね」




 朝食をレフコヴァ一家と一緒に食べて、必要な物資を渡し、山中で反対側へ向けて出発する。最後まで申し訳なさそうに頭を下げ続けたオレークだったが、妻と娘を連れて山を下っていく背中は広く見えた。


 朝食の後、元気になった女の子に、モンタナが追いかけられて、逃げ回っていたのが印象的だった。一度尻尾を掴まれてから、ギリギリ追いつかれないくらいの速さで、モンタナがととと、と広場を駆け回り、女の子がそれを一生懸命追いかける姿はかわいらしかった。

 あの子は随分とモンタナの耳と尻尾にご執心だったから、もしかしたら大きくなってモンタナを探しにくるかもしれない。別れる前に、随分ぐずっていたので、案外あり得る未来にも思える。


「あの子、モンタナがお気に入りでしたね」

「尻尾触られるのやです」


 ペタンと耳を伏せたモンタナは、困り顔でそう答えた。

 ハルカもたまに尻尾や耳を触ることがある。その情けない顔に、嫌だったのだろうかとひどく申し訳ない気持ちになった。


「あの、たまに触ってたの嫌でしたか?」

「ハルカはいいですよ、触り方が優しいですから。ギュっとされると痛いです」


 許可されてほっとしたが、モンタナを気に入っていたあの娘さんは少しかわいそうだ。大きくなるころには触り方を心得てくれるといいのだけどと、ハルカはもう見えなくなった一家との再会に思いをはせた。





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― 新着の感想 ―
ハルカがエイやと魔法をかけると病原菌も元気になっちゃうみたいな記述があったから大人しくしてて良かった。
いい話で泣いちゃった ノクトはまじで善性だしみんないいやつしかいないから読んでて楽しい
あの父母娘の3人にハルカの治療魔法をかけてやればスタミナも体調も全回復してかつ身体もパワーアップしたんじゃないかな? まあ誰彼構わず治療魔法を使わなくなったのは逆に成長かもね
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