魔法を見せてください
旅の途中で国境を越えることになる。
今回のルートだと神聖国レジオンへ入る際にそれがある。
国境は大概山や川によって隔てられているが、今回の場合も険しく広い山林が広がっている。ちょうどレジオン、プレイヌ、そして公国の境目にあり、以前ユーリを拾った廃村から少し進んだ所にある山だ。
各国の関所は山の麓にあるため、山の中はどこの国にも属さない地域となっており、賊が逃げ込んでいることも多い。定期的に友好的な国同士が手を取って山狩りを行なっているのは、時間が空くとまたそういった者が多く住み着いてしまうという証拠でもある。
そういった事情に一行は詳しくなかったが、いつも通りに警戒しながら、いつも通りに野営準備をしていた。
ハルカが荷物を下ろして、大きな石を適当に積み上げて竈を作る。コリンが料理をしてくれるので、彼女が使いやすいようにくみ上げておく。毎回やっていることなのでもうすっかり慣れっこだった。
日が沈んで暗くなるころには、焚火を囲んで食事をすることができていた。
「こっからあとどれくらいかかるんだ?」
「そうですね、どれくらいかかりそうですか、コリン」
「うーん……、十日、くらいかな?」
「そうですね。以前馬車を使ったルートを歩いていくわけですから、間の行程を短縮できてもそれくらいでしょうか」
ハルカが意見に同意すると、コリンがお尻をずってハルカの隣までくる。頭を差し出してきたので、黙って撫でてやると、コリンが満足げな表情を浮かべた。アルベルトがまたやってるよと言うようにそれを見て、肩を竦めた。
さっさと食事を済ませると、アルベルトはさっと立ち上がって素振りを始める。
いつも通り、訓練の時間だ。
「食べてすぐに動くとお腹が痛くなりますよ」
「そんなに柔じゃねーよ」
そんなやり取りをしているうちに、モンタナも食事を終えたのか、口にものを入れたまま立ち上がって、とまった。結局それを飲み込むまでその場で棒立ちしていたが、口の中のものが無くなると、モンタナも訓練を始める。
全員が食べ終わったのを見て、ハルカがウォーターボールの中で使った道具を濯ぎ、それぞれの荷物へと戻した。そうしてハルカも「よし」と声を出して気合を入れて、ぼんやりと訓練の様子を眺めているノクトの下へ向かう。
「師匠、訓練お願いします」
「はぁい。手加減はかなり上手になってきたのでぇ、そろそろ魔法の方を見ていこうと思っているんですが、どうでしょう?」
「はい、お願いします」
最近では自分で出された障壁を軽くたたいて、硬度を確認してからたたくという訓練をしていたが、それでも失敗をほとんどしなくなってきていた。『これなら叩くのにちょっと失敗しても骨を砕く程度で済むでしょう』とノクトのお墨付きもいただいている。
「とはいえ、僕はハルカさんの魔法がどれほどのものかわかっていませんからねぇ……。並行して魔法を使えることは知っていますが、どれくらいの数を同時に扱えるんですかぁ?」
「うーん……、わかりませんが、たくさんですかね……?」
曖昧な返事に、ノクトも首をかしげる。ハルカも最大値を試したことがないのでわからないが、基本的な魔法であれば、数十単位を問題なく出せるような気がしていた。
「では、私が障壁をいくつか浮かべますからぁ、それに向けてファイアアローを放ってみましょう。無詠唱でしたよね?」
「はい、そうです」
「ではぁ、できる限りの数をどうぞぉ」
無数の桃色に薄く光る障壁が空に浮かぶ。
ハルカはそれを視界にとらえて、ファイアアローを前に出した手の先に浮かべた。小さな炎の塊が生まれ、それが一瞬にして矢の形に変わる。周囲が一気に明るくなり、他の三人が動きを止める。アルベルトとコリンが、口を開けて魔法を眺める中、モンタナだけが茂みの方を見つめていた。
ハルカの腕を円形に幾重にも囲むように、炎の矢が列をなした。
「行きます」
風をきって発射された魔法が、次々と障壁に着弾し、小さな爆発音を立てる。一つ一つは小さくても、下手をすれば百にも届こうかという数の爆発が連続して起こり、山の空気が揺れた。
爆発で生じた風と熱が魔法を見上げる全員の頬を撫でて、茂みを揺らす。
それが収まって、山の中に静寂が戻ってきたところで、アルベルトがずかずかと歩いてきて、ノクトの頭をはたいて、自分の手を押さえた。咄嗟に障壁を張られていたらしい。
「なにするんですかぁ」
ノクトが痛くもないくせに間延びした声で文句を言うと、叩いた手を振って痛みを散らしながらアルベルトが大きな声を出した。
「山の中であんなにたくさん火種出させんな! ハルカもちょっとは考えろ!」
ノクトを叱ってから、振り返ってハルカにも怒鳴りつける。ハルカは姿勢を正したが、ノクトはどこ吹く風だ。
「いいじゃないですかぁ、他に人もいないし、火事になってもハルカさんがウォーターボールで消してくれますよぉ」
「そうかもしれねぇけど、いきなりあんなことされたら驚くだろうが!」
「これで耐性が付きましたねぇ、今後は味方の攻撃に驚いてちゃいけませんよぉ」
「この、このジジイ……」
「あ、それ新鮮ですねぇ。ノクトおじいちゃんって呼んでもいいですよぉ」
アルベルトが眉間に皴を寄せて、それを指先で押さえた。
「俺、クダンさんがこいつのこと俺たちに投げた理由が分かった気がする」
コリンはまだぽかんと空を見上げていた。空にはじける爆発が綺麗で、又見てみたいと思っていたが、アルベルトがまともなことを言っていたので、余計なことを言わずに黙っていた。