ラルフの恋路
ラルフは昨日ハルカが街に帰ってきたという噂を聞いて、彼女を探していた。
その噂の中に見たことのない獣人と一緒にいるというものがあった。中性的な少年のような見た目に桃色の髪の毛、巻いた角に爬虫類のような立派な尻尾。
まさかな、と思いながらある冒険者の名前を思い浮かべる。
ラルフの冒険者としての仕事は斥候だ。
情報を集めるのもそのうちの一つで、危険を最も先に察知しなければいけない。そのため、他人の良い噂よりも、悪い噂を仮の真実とすることが多い。
【桃色悪夢】【月の神子】
その冒険者には二通りの噂がある。
伝わるのは各地を巡って人を助ける聖者のような姿と、人を実験材料にする悪夢のような側面だ。
ハルカが訓練場に行ったという話を聞いて、まずは様子を窺うためにこっそりと訓練場へ顔を出した。
人に紛れて、ばれないようにハルカの様子を観察する。彼女は目立つので探さなくてもどこにいるかがすぐ分かった。傍らではいつものようにモンタナという少年が石を削り、そして話に聞いた通り、もう一人の獣人の姿を確認することができた。特徴は噂と一致している。
その獣人がハルカの傍で時々口を開きながら、くいっと指を動かすと、空中に魔法で作られた壁が二枚浮かぶ。そうするとハルカがそれを拳で割り、また同じことが繰り返される。
ラルフの記憶によればハルカは魔法使いであったはずなのだが、いつの間に近接格闘をするようになったのだろうか。確かに以前から力の強さや丈夫さには目を見張るものがあったが、動きがド素人だったはずだ。拳を突き出す姿は玄人とまではいかぬものの、こなれたシャープなものになっているように見えた。
ハルカの動きに気を取られていたが、本来の目的はそこではない。
ハルカの傍に危険人物がいるのではないかと、心配して様子を見に来たというのが第一目的なのを忘れるところだった。魔法を仕草一つで次々と繰り出す様子は、明らかにただものではない。ノクト=メイトランドといえば、治癒と障壁魔法の達人だ。
関係は良好のように見えるし、相手も有名な冒険者だ。いくら化け物と恐れられる特級冒険者とはいえ、突然豹変して襲ってくることはないだろう。
そう考えたラルフは、勇気を出してハルカの方へと歩き出した。
訓練場の入口の方から、一人の人物がやってくるのを見て、ハルカは一度動きを止めた。ノクトがもう次の障壁を展開していたが、ハルカが止まったのを見て、くいくいと指を曲げてそれを消した。
「お久しぶりです、ハルカさん。お元気そうでなによりです」
久々に見たラルフの姿は相変わらずイケメンだった。そろそろ九か月もたつので、最初の粗相を忘れてあげたいのだが、顔を見るたびに衝撃的なお漏らしを思い出してしまう。世界に来て最初の遭遇だったものだから、もしかしたらもう一生忘れられないかもしれない。ハルカは心の中で謝りながら、ラルフに笑いかけた。
「お久しぶりです。ラルフさんもお元気そうで何よりです」
ラルフが胸を押さえて、下を向いた。ハルカのクールな姿が好きだと思っていたのだが、笑顔を見せられた途端それがぶち壊される。ときめきに胸が痛み、しゃがみ込みそうになるのを辛うじて堪えた。
顔を上げると不思議そうな顔をしてラルフを見つめるハルカの姿が見える。いつの間にこんなに表情豊かになったのだろうと、ラルフは会えない間の時間に嫉妬をした。
「それから、モンタナ君も久しぶり」
「久しぶりです、またすぐ出るですけど」
「そうなのか。忙しくていいじゃないか」
パタンと尻尾を一度だけ振って、座ったままのモンタナが返事する。アルベルトやモンタナはラルフとはそれほど仲が悪くない。先輩冒険者としてアドバイスを貰うこともあって、そこにはラルフが戦闘弱者ながら二級冒険者まで登り詰めた含蓄が詰まっている。素直に尊敬できる先輩の一人だった。
ラルフとしてもハルカを気にしていて知り合った後輩たちではあったが、素直で向上心のある姿には好感を持っていた。自分よりもはるかに才能があるようにも見えたので、そこについて嫉妬する思いもあったが、今までもたくさんの才能ある若者を見てきたラルフは、そういう感情への諦めと折り合いは既につけることができるようになっていた。
ラルフは最後に姿勢を正してノクトの方を向いた。
「二級冒険者のラルフ=ヴォーガンと申します。失礼ですが、特級冒険者のノクト様で間違いないでしょうか?」
「僕がその人だったら、何かありますかぁ?」
「私個人としてはとくにありませんが、何故ハルカさんと一緒にいるかが気になりまして」
ノクトはラルフとハルカを交互に見つめて、指をくるくるとまわした。見られたハルカは何故だか気まずくて目をそらす。ははーん、と何かを察したノクトはにこにこ笑った。
「ええ、僕がその本人です。彼女たちには護衛をしてもらっているんですよぉ」
「護衛……? 特級冒険者がですか?」
「はい、護衛を付ける約束をしていたのでぇ。それに私はハルカさんの師匠なのでぇ」
ラルフは納得のいかない顔をしながらも、害はなさそうだと判断して肩の力を抜いた。どちらの噂が正しいのかまだわからないかが、彼女らの付き合いが今日に始まったことではないことは分かる。
もしノクトが極悪人だったとして、自分に何ができるとも思っていなかったが、好いた相手が危険な目にあっているとしたなら、流石にそれは放置できなかった。普段だったら危険に寄っていったりしないのに、感情にふりまわされている自分の姿を思って、ラルフは自嘲的に笑った。