お出迎え
遠景に豊かな森と山が見える。
立派な外壁と門が近くなり、見慣れた光景に自然と表情が柔らかくなっていた。
後方に兵士が付いてきている数日間は、常に一定の緊張感があり、落ち着かなかったが、オランズの街が見えるとその心が少し穏やかになっていた。
たった半年街で暮らしただけだったが、この世界ではハルカの故郷になる。
門をくぐるときには、門番が四人を見て破顔して声をかけてくれた。
街中を歩いていても、帰ってきたのかと手をあげて挨拶をしてくれる人がたくさんいた。
柔らかく笑って手を上げると、皆一様に驚いた顔をしているのをハルカは不思議に思う。
旅に出る前はほとんど表情の変わることのなかった美女が、帰ってきたら笑顔を見せるものだから、驚くのも無理はない。ハルカ自身は無意識に出した表情だったから、なぜみんながそんな顔をするのかが分からなかった。
兵士たちは一度門で止められていたようだが、直にまた追いついてくるだろう。とはいえ野営している時とは違って、屋根も壁もある場所で過ごすことになるから、今までほど目が気になることもなくなる。気も休まるというものだ。
オランズで過ごしている間、ハルカ達は冒険者の宿舎で休んでいたが、しばらく留守にする予定だったので、部屋は一度引き払っている。ここにいる間またそこで過ごしても良かったが、ノクトがいる手前ちゃんと宿をとることにした。
今晩からの宿はハルカが決めた。宿では日中食事を提供していることが多く、ハルカが食べ歩きをしていて、食事が美味しいと思った所にしたかったからだ。仲間たちはハルカが食道楽であることを知っていたので、一も二もなくそれに同意してくれた。
宿に顔を出すと、そこでもハルカ達は歓迎された。遠征に行って帰ってこられれば、立派な冒険者だ。元からハルカがよく食事に顔を出していたのもあって、宿泊をお願いしたところ、随分喜んでくれた。
荷物を置いてギルドへ向かう途中に、楽しそうにノクトが話す。
「この街に来るのは久々ですが、随分と発展しましたねぇ」
「久しぶりですか? 知人とかがいるなら会っていきますか?」
「いえ、特にそういった人はいません。僕は適当に過ごすので、あなた達の準備ができたら出発で構いませんよぉ。いろいろ用事があるでしょう?」
「そうですね。あまりお待たせしないようにはします」
「急がなくていいので、しばらくのんびりしましょうかぁ」
アルベルトが少しずつ早足になっていくのを見てノクトが笑う。早くギルドへ行って、冒険者ランクの確認をしたいのだ。
この街を離れてから完遂した依頼は三つ。コーディの護衛と、学生たちへの教育。それからギーツの護衛だ。それからアルベルトには、昇級に加味されそうな、武闘祭決勝トーナメント参加という実績もある。
依頼を完遂した証明書を提出し、実績の報告をすれば、翌日までにはランクの審査をしてくれる。
偽造の証明書を出したり、虚偽の報告をするものもいるのだが、それは分かり次第降格処分となる。また悪質だと判断されたり、繰り返し行われると、申請自体が行えなくなったり、最悪除名処分されることになる。冒険者はその身分が無くなると生活が立ちいかなくなる者が多いので、そういった行為は本当に稀にしか見ないそうだ。
手続きの受付をしてくれたのは、コーディの依頼の時に相談に乗ってくれたドロテだった。彼女はきりっとした顔をしながら「立派な成果ですね」と一言褒めてくれた。いつも以上に言葉少なではあったが、彼女が優秀な受付であるとハルカは知っていたので、その一言も嬉しく思っていた。
受付をしていたドロテはハルカ達の報告を受け、その成果に驚いていた。もっとたくさんの言葉を送り、労をねぎらってあげたかったが、今の彼女にそれは難しい。
後ろでよそ見をしているモンタナ。そしてニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべている、見たことのない桃色の髪の獣人の少年。
可愛い子が二人になって、にやついて小躍りしてしまいそうになるのを抑えるのに必死だったのだ。口を開くと奇声を発しそうになるのを辛うじて抑え、一言褒めてやると、穏やかに微笑むハルカの顔が見え、罪悪感が湧いてきた。
申し訳ないと思いながらも、ドロテはそれきり口を閉ざす。せめて早く結果を出してあげようと、受け付けた書類と報告を手早くまとめて裏方へ提出した。
宿へ戻って今日はもう休もうとギルドを出たところで、外から戻ってきたアルビナとエリに遭遇した。
「あっ、帰ってきやがった!」
「おかえり。今日戻ってきたの?」
「ええ、またすぐに依頼で外へ出ることになると思うんですけれどね」
指さして目を怒らせるアルビナとは対照的に、エリは笑顔でハルカの下へ寄ってきた。パーティの面々の様子をぐるっと見ると、エリは大きく頷いた。
「うん、誰も大きな怪我とかはしてないみたいね。外に出るの早かったから、ちょっと心配してたのよ。新人教官した手前、何かあると嫌じゃない?」
「いろいろ注意してもらいましたからね。依頼にも恵まれました」
「ホントね。こっちの獣人の子から依頼受けたのかしら。初めまして、私三級冒険者のエリって言います。この子たち新人だけど、優秀だから安心していいと思うわ」
完全にノクトのことを年下扱いしているエリを見て、アルベルトは何かを言いたげにしている。ハルカも正体を教えてあげるべきかと思ったのだが、その前にノクトが返事をしていた。
「ありがとうございますぅ、ノクトと言います。シュベートから護衛をしてもらったので、信用していますよぅ」
「あら、よかった! シュベートから来たってことは……、武闘祭でもでたのかしら?」
「ええ、アルが出ましたよ」
「よし、じゃあ今晩は奢ってあげるから、旅の話を聞かせてもらえる?」
「いいですよ! 奢りですね!」
コリンが話に食いついてきたので、今晩の予定は決まったようなものだった。ノクトは自分の身分を明かしたりしなかったが、いつまで黙っているつもりなのだろう。ハルカがこっそり視線を向けると、しーっと口元に指を立ててウィンクをされた。
ハルカ達のことを立ててくれているのか、それとも愉快犯なのか。なんにしても、自分から話す気がなさそうなことはよくわかった。