時間をかけたとりとめのない話
ハルカたちは本当に黙って話を聞いているばかりだった。
エニシは根拠に基づいた説得力のある言葉を紡いだわけでもないし、誰もがついていきたくなるような魅力的なパフォーマンスをしたわけではなかった。
それでも、〈神龍島〉を離れてからあったことや、考えたことを、ぽつりぽつりと語り続け、巫女たちはそれを静かに聞いていた。
彼女たちにとってエニシは間違いなく、長い時間自分たちのトップに立って方針を定めていた者であり、数少ない外の世界を旅してきた者でもあるのだ。
「……この〈神龍島〉は、神龍様のお陰で平和だ。だが、一歩外へ出れば【神龍国朧】の民は、戦に苦しみ、命を落としている。あちこち歩き回って、旅に連れ回してもらって、我は己の無力を悟った。サイカの、大人しく〈神龍島〉だけを守りながら暮らせばいいという考えも、正しいのだと思う。だから皆は、サイカを盛り立ててこの場所をこれまでと同じように守ってほしい。サイカよ、頼めるな?」
エニシの思い、サイカの考え、不透明であったエニシが〈神龍島〉を出ることになった件についての答え合わせ。エニシは、それらをサイカと協力しながら長く語った後、静かに話のまとめに入った。
「……エニシ様は、引退されるということですね?」
サイカの確認を取るような問いかけの仕方は、そうあってほしいという願いから来るものである。
しかしエニシは静かに首を横に振った。
「我は、〈神龍島〉を出ようと思う。……どうやら無力な我の言葉に謀られて、この国を平和にしようと本気で願ってくれる者がいるようなのだ。彼らに頼ってみようと思う。もちろん、我は騙すつもりなどない。最初からこの国の平和を祈り続けているし、これからもそれを諦めるつもりもない」
「エニシ様……!」
咎めるように名前を呼んだサイカに、エニシは柔らかく微笑んだまま続ける。
「我らは、選択の余地なくこの〈神龍島〉へ連れてこられた。神龍様の庇護の下、身を寄せ合って、幸せになろうと生きてきた。実際、波風なく穏やかに生涯を終える巫女もたくさんいたことだろう。ただ、外には同じように選択の余地なく戦に駆り出され、帰る家どころか命も家族も失う者がいる。その違いは何だろうか。生まれ持った力があるかないか、それだけだ」
エニシは息を大きく吸って吐いて、悪戯っぽく笑う。
「実のところ我は生まれ持った特別な力ゆえに、我こそが特別で、我こそが何かしなければならぬといきり散らしておったのだ。実に傲慢であった。……しかし、この力が分かりやすい才の一つでしかないということが、外の世界へ出てよく分かった」
エニシは似たような考え方をする巫女がいることを知っている。
この言葉は、そんな巫女たちへのちょっとした警告のつもりでもあった。
それからエニシは大陸にいる間に出会った人たちを思い浮かべる。
とてつもなく強い冒険者たちや、長く生きながらも人を愛し続ける異種族の者。
コボルトを引き連れて平和な街を作り上げた昔の人なんかもいた。
そして、今もなお毎日を戦うように過ごしている、友であり女王である者のことも。
その誰もが、心に譲れぬ芯のようなものを抱えて、時に悩みながらも強く生きていた。
「……遠い大陸の女王は、我より年下で、幼くして父を亡くし、国の半分を敵に回していたはずなのに、たったの十年足らずで国の全てを掌握しつつある。それも、【神龍国朧】の全土よりも数倍広い土地をだ。もちろん、我らのような特別な力があるわけでもない。あれにはとても敵わぬ。敵わぬが……、そこで諦めては絶対に追いつけぬとも知った。能力が才の一つであると自覚したうえで、努力し、行動せねばならぬと思い知った」
エリザヴェータとの会談は、エニシの価値観を大きく揺るがしたのだろう。
ハルカから見てもエリザヴェータは圧倒的なカリスマと頭脳、そして決断力を備えた、女王になるべくして女王になったような存在だ。ただ、それが苦労と努力、そして綱渡りの末に身についたものだということも知っている。
あの女王と自分を比べると、ふがいない気持ちになることもよく分かる。
「我は冒険者たちを見て自由を知った」
エニシは振り返ってハルカたちを見る。
「世界の広さを知った。過去の過ちを知った。物事の解決方法を知り、暴力のすさまじさも思い知った」
エニシが笑ってレジーナを見る。
「なんだよ」
「いや、何でもないのだ」
ここで攻撃的な動作をしない時点で、レジーナはエニシを仲間だと思っているのだろう。それが分かるから、エニシはまた笑って話に戻る。
「国の外にも問題は山積みだ。人とそれ以外の種族との争いがあった。それを憂いて、何とか手を取り合おうと奔走する者もいた。とても親切で、優しくて、温かくて、それだからいつも厄介ごとに巻き込まれる。我があそこまで優しくなると、ちょっと生きていくのが難しいかもしれぬ」
お節介焼きのハルカのあり方は、よく分からない強さがあるからこそ成り立っている。それはそれとして、毎日のように頭を悩ませている姿を見ると、強いからといって悩みがなくなるわけでもないと分かって面白い、とエニシは思う。
「話が長ぇ」
ずっと黙っていたレジーナが、先ほどの短いやり取りをきっかけに、とうとう面倒くさくなってきたらしく、エニシに文句を言った。
「……確かに、とりとめなく話しすぎた。とにかく、我は島を出る。島を出て、西にある国の世話になるつもりだ。ここまで助けて導いてくれたこの者たちとも……、別の道を行くことになるな」
「あ?」
ハルカは話の流れから、そうするつもりなのだろうと察していたが、ちゃんと聞いていなかったレジーナは、エニシが何を言い出したかよく分かっていないのだろう。
「ハルカならどこかへ出かけるついでに遊びに来てくれることだろうから、今生の別れとなることはないだろう」
「……お前が死ななきゃな」
「確かに! その通りだ!」
アルベルトがツッコミを入れると、巫女たちがざわめいてエニシが妙に明るく笑った。
「とにかく、我は外で頑張る! 毎年この時期には、皆と同じように船で〈神龍島〉へやってくるつもりだ。サイカとの誤解も解けた以上、巫女たちの誰かを巻き込んで出ていくつもりもない。我が一人、この島からいなくなるだけだ。これまでもいなかったのだから、状況はさして変わらぬ。むしろ、問題がいろいろと解決したのだから、一度島へ立ち寄った甲斐があったというものだ!」
そう言ってエニシはたたんでいた足を動かして立ち上がろうとする。
巫女たちはざわめいているが、誰も口を挟んできたりはしなかった。
「……エニシ様、思いとどまるつもりはございませんか?」
「ない」
たった一人、声を上げたサイカの言葉を、エニシはバッサリと断って立ち上がる。
そしてそのまま立ち上がろうとして体をよろめかせた。
咄嗟に、レジーナが腰のあたりの服を鷲掴みにして体を支える。
「何してんだ」
「ひ、久しぶりに正座をしたら、足がしびれて……。すまぬが、このままこの部屋を退出させてもらえぬか?」
格好のつかないことだが、エニシはここでまただらだらと時間を過ごしても意味がないと判断した。
別れは寂しいし不安もあって、とりとめのない話は続けようと思えばいつまでだって続けられてしまう。それは、巫女たちに対してだけではなく、ハルカたちに対してだって同じであった。
エニシは、ハルカたちと話す場を設けてしまえば、またずるずると長く話してしまいそうな予感がしていた。
しかし、これまで世話になったけじめをつけるためにも、しっかりと話をしておく必要があることもよく分かっているのであった。





