エニシの応え、神龍の嘆き
神龍の話を聞きながら、エニシは様々なことを考えていた。
偉大な力を持つ神龍ですら、この国を、この国の人を、思うように導くことができていないのだから、まして自分が、と思ったりもした。
だが、神龍が最後に言いよどんだ姿を見て、なんとなく感じたことがあって、思わずそれを口にしてしまっていた。
「神龍様は……、かつて仲が良い人が、いらしたのでしょうか」
そう思ったのは、これまで見たことのある真竜と比べて、神龍があまりにも人のような悩みを抱えているからだった。
強大な力を持ち、それでいて不器用に人と関わり続けているハルカという存在を、エニシはすぐ近くでずっと見てきた。
まったく違う姿を持つ神龍が、なぜかハルカと重なって見えたのだ。
途端に、神龍の姿が違って見えるようになった。
『……そうだからなんだと言うのだ』
神龍はエニシの言葉を否定しなかった。
エニシの言葉を認めたということだ。
そこから推測できることは、神龍が幾度も幾度も人の言葉や行動を信じて、そして失敗を重ねてきたということだ。
もしかすると短い期間平和だったこともあるのかもしれない。
それでも長く生き続ける神龍はきっと、平和が続かないことそのものが、失敗だと思ってしまう。
『うんざりだ』という言葉や、犠牲を諦めて現状をよしとして眠り続ける姿勢に、神龍が抱いている人への希望と失望が込められているようだった。
重たい。
エニシは素直にそう感じながらも、諦めて眠り続ける神龍のありようを悲しく思った。いつかもし、ハルカが長生きをして、神龍と同じように苦しむことになるのならばと想像して、放っておくわけにはいかないと思った。
急な思い付きであったが、それはどうやらエニシにとって、この国を平和にすることと同じくらいに、自分がやるべきことであるように思えてしまった。
「神龍様。私はそれでもこの国を平和にしたいと考えています。神龍様がこれまで試されてきたことの繰り返しになろうとも、それが私の目指すべきものであるように思うのです」
『厳しい道だ。半ばで倒れることもあるかもしれぬ。この世は、善いからといって、必ずしもうまくいくようにはできておらぬ。この地を離れて安住の場所を見つけることができるのならば、その方が幸せであろう。こだわる必要などない』
この言葉を聞いてエニシは確信をした。
神龍はこの国に暮らす人々のことを嫌っているわけではないのだと。
「それでも挑戦してみたいとするのならば、神龍様はどうなさりますか」
『…………もはや、好きにするが良い。〈神龍島〉を出るのであらば、我は手を貸さぬ。我が出れば、また事が大きくなる』
頼んでもいないのに協力を拒否する辺り、よほど過去のことを引きずっているのだろう。一度神龍の気持ちを察してしまえば、エニシはもう止まらずにひたすらに前に踏み込むことができた。
「神龍様のお手は借りませぬ。ただ、目を覚まして見守っていていただけないでしょうか」
『……それは、いざという時の助けを期待してのことか』
神龍の鬣がユラユラと揺れる。
エニシの言葉を不愉快に思っているのだろう。
だがエニシは怖がることもなくまっすぐに神龍を見上げて続ける。
「いえ、人の手によって平和がもたらされるところを、神龍様にも見ていただきたいのです。もしそれができましたら、神龍様。そのあかつきには」
『願いなど叶えぬぞ。あれは侍共が勝手に言っていることだ』
空気を揺らしながら、体をうねらせて顔を寄せ、拗ねたように言い返す神龍。
その様子を見て、エニシはついに、まるで怖がりの子供のようだと苦笑してしまった。
「そのようなことはお願いいたしませぬ。そのあかつきには、神龍様が仲良くされていた方々のお話を、是非お聞かせ願いたく思ったのです。そして願わくは、我もその末席に加えていただけたら、と」
『これだから……』
神龍は石柱に巻き付いていた体に力を籠める。
石柱はミシミシと音を立てて砕け、その欠片が海へ落ちて水しぶきを上げる。
欠片、と言っても人を数人押しつぶすような岩の塊ばかりだ。
岩が落ちていくのと共に、神龍がひときわ大きな音を立てながら海にドボンと沈み、姿を消した。
やがて海が静かになる。
「どこ行ったんだ、あいつ」
レジーナが身を乗り出して暗い海を覗き込む。
「あの、危ないからやめましょう?」
ハルカが心配になって近くで声をかけながら待機していると、姿は見えないまでも声が響いてくる。
『これだから人は嫌なのだ。これだから関わりたくなどないのだ』
嘆く声が続く。
アルベルトやレジーナは怪訝な表情をしながら耳を傾ける。
ただ、察しの良い者たちは違った。
今回は性格が近いからか、ハルカもなんとなく神龍の気持ちを汲み取ることができている。
『……善き者が死ぬのは寂しいではないか。悲しいではないか。善き者が残したものが踏みにじられるのは辛いではないか。ああ、嫌だ、嫌なことだ。エニシよ、善き者よ。我は手を貸さぬぞ、我は何もせぬぞ』
自分に対して言い聞かせるように神龍が喋り続け、エニシはただ「はい」と相槌を打って何度も頷く。
『エニシよ……、善き者よ、愚かで優しき子よ』
「はい」
『我はただ、お主の進む道が明るく照らされることを願う』
「……ありがとうございます、神龍様。いつか、お話を聞かせていただけることを楽しみにしております」
『ああ、これだから……、これだから……、まったく』
神龍の嘆く声は続く。
それを聞きながらレジーナが、「なんだこいつ」と呟き、アルベルトは「わけわかんねぇ」と言い、タゴスは「なんかいい話なんじゃねぇの。ところでこいつ起きてんぞ」と言って、サイカをポイッと地面に投げ捨てた。





