血の気の多い国民性
『……理想のために、またたくさんが死ぬぞ』
神龍から返ってきた言葉は、静かでじっとりと沈んだ響きのあるものだった。
『戦をなくそうと奔走した者はお主が初めてではない』
「ならば此度こそ……!」
『そしてそれを成し遂げた者がいなかったわけではない』
「……え?」
神龍の言葉に、前のめりに返事をしていたエニシが固まる。
『かりそめの平和。数多の犠牲者の上に成り立った平和は、僅か数十年で崩れ去った。人の全てが戦いを好むとは思わぬ。お主のように平和を求める者がいることも我は知っておる。ただ、それだけではない。人の中には争いを好む者がおる。自らより上にいる者が許せぬ者がおる。過去の過ちを許せぬ者がおる。お主も知らぬではなかろう? 話の分からぬ者がおることは知っておろう?』
誰も返事をしなかった。
ハルカはそれを痛感したことがあったし、同じく平和を望むエニシやカーミラもそれは知っている。そしてそうでない者たちは、何をそんな当たり前のことを今更言っているのだと思った。
『平和、平和、平和。人は集まると、争うのだ。増えれば増えるほど、争うのだ。一塊になると、今度はその中で争い始める。神龍国朧で最も人が死んだのはいつだと思う?』
神龍の問いかけに答える者はない。
神龍もそれを求めていない。
『答えは六千年ほど前。神龍国朧がまだ一つの島であり、平和を求めた男が、血を以て、涙と汗を以て、その全てを統一したあとだ。男が暗殺された直後、軍事大国が真っ二つに割れ、一度のぶつかり合いで十数万の兵士と民が命を落とした。そんな戦いが十年も続いた。だから我は島を割ったのだ。人は集まってもろくなことにならぬ』
ぐにゃり、と神龍が体を曲げて、それからぐるぐると太い石柱に体を巻き付かせていく。
『抑圧されたものは反発する。その時にはこの国も随分と人が減った。土地は肥えているというのに、耕す者がいないのだ。もはやなんのために戦っているかもわからずに戦っていた。振り上げたこぶしを振り下ろす先を常に探しておった。この国の者は特に血の気が多いのだ。平和など、望むべくもないぞ』
「……お前強いんだろ。お前が争ったらぶっ殺すって言えば、言うこと聞くんじゃねぇの」
誰も何も言わないものだから、アルベルトが言い返した。
いつも通り態度は悪いが、真面目に考えて答えた雰囲気だけは伝わってくる。
神龍もいちいちアルベルトの言葉遣いに腹を立てたりはしないようだった。
『すでにやった』
「お、どうなったんだ?」
『……実際に罰を与えたところ、我を殺すべく、皆技を磨きだした。言ったろう。この国の者は血の気が多いのだ。しかし、我を目指してくるだけならば構わぬと思い、放っておいた。挑んでくる者を返り討ちにした。しばし静かな時代が続いた。しかしやがて、今度は磨いた技で戦を始めた。我を倒すために、大きな勢力を作ることを思いついたのだそうだ。また戦が始まった。だから罰した。すると、戦をすれば我が現れるとして、我に挑むために戦を始めるようになった。訳が分からぬ。もはや理解もしたくない。うんざりだ』
「すげぇな……」
思わずアルベルトも感心して閉口するほどの血の気の多さだ。
神龍があきれ果てるのも無理はなかった。
『だから我は出向くのをやめた。中心にあるこの島を占拠し、来る者を返り討ちにすることにした。そうしたところ、各地で小競り合いが起こるようになり、全体的に見れば、これまでと比べて死者が減った。それぞれが様々な意志を以て国を治めているがゆえに、平和な国も生まれた。しかし時折、大きな戦が起こり、多くの死者が出ることがあった。そんな時には大抵、巫女が関わっておった。だから我は、巫女をこの〈神龍島〉に隔離することにした』
ハルカはクダンの話を思い出す。
クダンの妻は〈鷹の目〉と言われる能力を持った巫女であり、弓の名手として戦場で名をはせて勢力を広げたと。それはすなわち、〈神龍島〉に送られていなかった巫女が、敵兵を多く始末したということに他ならない。
「この国、能力を持った人が多くないです?」
『…………ああ、お主もか』
モンタナは自らも能力を持っているので気になったのだろう。
そんな少しばかり脱線した質問に対して、神龍はぎょろりとした目でモンタナを見つめてから答える。
『六千年前の統一の前に、オラクル様が多くの者に祝福を授けたのだ。その名残が残っておる。巫女は集めておけば、次代の能力持ちは少しずつ減っていくだろう。やがて能力によって多くの死者が出る戦も減っていく、のではないかと考えておる』
神龍は長い時間を掛けて、この国の人をどう生かすか考えた末に、今の形にたどり着いたのだろう。うんざりとしながら、辟易としながら、それでも神龍なりに考えて、人と関わって生きてきたのだろう。
深く、あり得ぬほど長くため息をついている神龍を眺めながら、ハルカは尋ねる。
「神龍様は……、嫌になって関わることをやめようとは思わなかったのですか? この地を去ろうとは思わなかったのですか」
実際にヴァッツェゲラルドの先代である氷竜は、人とのかかわりが嫌になって北方に避難したと聞いている。
『我がこの地を離れれば、島は揺れ、波が襲う。風が吹き、夏には大雨が肥沃な土を海に洗い流し、冬には深い雪が大地を凍り付かせる。いっそそうすれば、皆身を寄せ合って穏やかに暮らしていたのかもしれぬ。だが、我は……』
長い沈黙。
そして再び深いため息がつかれた。
『…………この地を任されたのだ。気に食わぬと荒廃させるわけにはいかぬ』
神龍は任された責任感だけではない、何か複雑な感情を持っているようであった。





